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恒星:ホムパと玄英と愉快な仲間たち 3

「ア カインド オブ スシ!」  俺がメインの手巻き寿司セットを並べると歓声が上がった。 《スシ?ホント?》 《綺麗ね!でも、お寿司屋で食べるのと違う!》 《コウセイが握ってくれるんでしょ?》 「ノー。自分で好きな具を選んで巻くんだ。海苔の上にこうしてご飯を……」  興奮した早口で矢継ぎ早に飛ぶ質問を古賀さんがピックアップして訳し、実演の説明も英訳してくれる。 《ワオ、この家で日本食が出てくるなんて!初めてじゃない?》 《玄英、ライスクッカー(炊飯器)待ってるの?》 《俺が持ち込んだんですよ》 《今度買おうと思ってるの。どれがいいか教えて!》 《恒星はソバウチもできる?》  蕎麦なんか普通に打てねえよ。てか説明聞け。  しかも話そっちのけ&好奇心一杯で、見よう見まねでてんでに手を出し始めるし。この自由さは実家のパートのおばちゃん達で慣れているためしばし静観する。  に、しても。実家の仕事でガーデニングや緑化体験イベントのスタッフを請け負うことがたまにあるが、日本人の場合はまず横一列に並んで説明に集中し、衆人環視の中失敗して気まずい思いをしないよう十分な脳内シュミレーションの(のち)に恐る恐る手を出す……というパターンが多いような気がするのだが。チャレンジに対するアグレッシブさが全然違うーーが、みんなの悪戦苦闘ぶりはまた別だ。 「手巻き寿司」って家庭料理というよりカジュアルな行事食だから特に意識しなかったけど、初めての人にとってはけっこう難しいものらしい。  そこでホスト役の俺の出番……となるのだが、無意識にできている事を「マニュアル」として説明するのがまた難しい。古賀さんも玄英同様、海外生活が長く手巻き寿司は初体験との事で、微妙な言い回しの通訳に四苦八苦している。俺が直接ポンポン会話できたらきっと違うんだろうけど。 「ご主人様!僕も僕も!」  玄英が餌をもらいそびれた大型犬のようにすっ飛んできて俺に抱きついた。ややこしさ倍増だ。 「外でその呼び方すんなっつってんだろ!」 「でもここ、僕の家……」 「それでもっ!離れろ駄犬。ボスとしての体裁とかないのか。ステイ!」  やっとのことで玄英をひっぺがすと、周囲の人があっけにとられたり大笑いしたりしている。 《玄英、プライベートだと本当、印象違うね》   《そうそう。オフィスだとメッチャ怖いの》 「えっ……?」  なんか意外。 「想像できない?でも、怖いってのはちょっと違うかな」  古賀さんが彼らの話を通訳しながら補足した。 「仕事の要求水準が高くて厳しい。気難しいとか口煩いわけじゃないんだけど、アイディアに集中している時は一切人を寄せつけないし」 「へ……へえ」 「でもそう言えば、最近ちょっとだけ丸くなったかもしれないね」  手巻き寿司開始から二十分後。    どこの世界にも飲み込みが速い人ってのはいる。おそらくサンチュとか生春巻とかセルフ包み物系(?)食文化がルーツにある人じゃないかな。  そこから自分達なりの説明で教え合ったりして作成と食味の両方を楽しんでいる。  不発に終わらずホッとしているが、俺的にはあり得ない具の組み合わせをーー脇にある別の料理やデザートの果物までーーこれでもかと乗せて絶妙なバランスで豪快な巻物を作成されたり、早々に諦めてちゃっかり誰かに頼み、食べて感想を言うだけの人がいたり。 「食べ物で遊ぶな」と鉄拳制裁つきで躾けられた俺としては、この道場破りっぷりに軽く気絶しそうだ。だが、どんなチャレンジャーな巻物も最終的にはちゃんと誰かのお腹に入っているし、中には「ありかも」と思えるものもある。  第二のカリフォルニアロールが爆誕したらちゃっかり商標登録出願しちゃおう。 「手巻き奉行」はとりあえず封印するが、これだけはツッコませくれ。 「寿司飯入れてないのは『スシ』とは言わないからな?」 「恒星、助けて」  玄英はいつまでも手巻きに苦戦している。せっかくのスタイリッシュな白シャツがご飯粒だらけの悲惨なことになっている。  カクテルを作ったり飲み物を煎れる才能は店を開けるレベルの彼だが料理の腕は壊滅的らしく、日々の食事は基本デリバリーか外食だ。  俺の方も恋人に手料理を振る舞いたい」的な欲求は全くないーーだって「いかにも」じゃね?  が、一度何かの気まぐれで炊飯器を持ち込んで、味噌汁と焼き鮭程度のものを作ってやったらいたく感激された。以来、リクエストに応えてこの部屋に不似合いな世話焼きオカン的メニューをたまに提供している。 「手巻き寿司はインディペンデンスフードだ」というのが俺の主義だが、腹を空かせたまま悪戦苦闘する玄英があまりに不憫で焦ったくて、巻いて食わせてやることにした。

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