32 / 85

恒星:ホムパと玄英と愉快な仲間たち 4

「おい……何、雛みたいに口開けて待ってんだよ。可愛くねえぞ」  いや、可愛い。ギャップ萌え効果で超絶可愛い。ほろ酔いで隙あらば(飯粒つけたまま!)べたべたくっついてこようとするから可愛さと鬱陶しさの割合が二対八なだけ。 「あんたの分、ちゃんと皿に取ってやってんだろうが。食うくらい自分でしろ」 「ご主人様の巻いたお寿司、綺麗だから。潰したり、こぼしちゃうのもったいないから自分で食べられなーい」 「甘ったれんな。人前でその呼び方すんなって何度……」 「食べさせてくれたらちゃんと名前で呼んであげる」  忘れていたがこいつ、一旦甘やかすとエベレストの天辺までつけ上がるタイプだった。  しぶしぶ口まで運んでやるとさらに至福の笑みを浮かべて頬張る。何だかんだ、俺はこいつのこの顔に弱い。 「美味しい……恒星って、本当にお料理上手だね。手先も器用だし、自慢のご主人様」  どさくさに紛れて人の指をしゃぶるな。 「その呼び方、やめろっつったろ」 「日本語なら大丈夫だよ」 「大丈夫じゃねえよ。古賀さんだっていんのに。変態行為は万国共通だ。離せ」 「変態なんて酷い。愛情表現なのに」 「俺は日本男児だから人前でベタベタしねえんだよ。だいたいこんなん、綺麗も手先が器用もないだろうが。むしろ何であんただけできないのか不思議だわ。ただ海苔を広げて食いたいもんを適当に乗せてこう、クルクルっと……(実演付き)」 「恒星の手さばきが美しいんだよ。縛られてる最中なんて僕、毎回見惚れてーー」  俺は慌てて半完成品の寿司を、夢見がちな奴の口に押し込んだ……公衆の面前で何てこと抜かしやがる。 「コウセイって、テイシュカンパク?」  メタリックなネイルをしたジェシカが真顔で聞いてきた。この人はこの手でなかなかアーティスティックな手巻き寿司を作る。  そして恐らく玄英や古賀さんの次くらいに日本語が話せる人なのだがーーそれたぶん「主人」違いだ。何て説明しよう。 「ガーデナーだって聞いたけどシェフなの?」 「いや、普段は会社員。生まれた家が造園屋なんだ。日本庭園ーートラディショナル・ジャパニーズ・ガーデン……で、いいのかな。それを造る……」 「ジャパニーズ・ガーデン?クールね!」 「そう!カレサンスイとか!和歌読んで池に流すんだよ!」  誰が平安貴族だ。 「玄英……ちょいかじりの知識で茶々入れんのやめてくれ。みんな本気にすんだろうが」  そもそも水辺がないから「枯山水」って言うんだよ!しかも流し雛と混同してね?  畳部屋の真ん中に檜風呂、みたいな間違った日本文化のイメージってこうやって暴走しながら伝播していなんだろうな…… 「エクセレント!観光用じゃなくて個人の家の庭?」 「そうそう。古き良き日本人は舟とか盃とか月とか、何でも水に浮かべるんだ!小銭も入れるしね!」 「ノー、ノー!玄英のはジョークだから!」 《鯉を飼ってる?馬は?》《茶室もある?》《五重の塔は?》  周りの人たちからさらに斜め上反応の援護射撃ーーみんな庭好きかよっ! 「残念ながら全部無いよ。あくまで一般家庭の庭だから、観光地のお寺や大名屋敷のほど立派じゃないし」 《へえ》《そうなんだ》 「祖父ちゃんと庭で撮った写真が、スマホにあったかな……ちょっと待っててね」  まあでも、まずはよかった。玄英の役にも立てたし。  ガテン系の家に生まれてヤンキーに片足突っ込んでたこともあるが、生まれつきの性格は人見知りの内弁慶だ。 「ホームパーティ」なんていう「コミュ強によるコミュ強のためのコミュ強の祭典、キングオブお洒落イベント」な文化とも無縁な人生を送ってきたし、言葉の壁もある。  もし陰気でノリの悪い奴だと思われたら、つき合っている玄英の評価まで下げちゃうんじゃないかっていうプレッシャーもあったので。  うん、やっぱり英会話は習おう。  古賀さんやジェシカのような優秀な人だって、新しいことにチャレンジしてコツコツ努力しているんだし、俺だってーー 「あはははは」  英会話教室に通うつもりだ、という話をしたら古賀さんに大笑いされた。玄英はきょとんとしている。 「玄英に教われば?って言うより、語学は実践だよ。普段から彼と英語で話せばいいんじゃない?」  その手があったか! 「いいね。人前ではとても言えないような単語をありったけ教えて、片言の英語で言葉責めとか」  知的な麗しい笑顔でさらっと何言い出すんだこの変態。 「何だか興奮してきた。今、ちょっとだけ二人で抜け出さない?」 「黙れ!あんたになんか絶対教わらないからな!」 「何、何?漫才?チワゲンカ?」  ジェシカは完全に面白がっているーーこの人も一体どこで日本語習っているのやら。

ともだちにシェアしよう!