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恒星:玄英が実家にやって来る!(何も聞いてないけど) 3
出社日だった玄英の帰宅時間に合わせてマンションに立ち寄った。彼はもう帰っていて、ドアを開けるなりゴールデンレトリバーみたいな瞳をくるくるさせて俺に飛びついた。
「お帰り!お腹空いてない?」
「大丈夫。時間潰しがてら食ってきた」
「連絡くれて嬉しかったーー僕の方も急に会いたくなって、週末まで我慢できそうになかったから」
先週連泊して帰ったばかりだが?
「こういうときのために、恒星の情報も登録しとこうよ。合い鍵代わりにさ?」
コイツんちの鍵は生体認証式だ。
「いや要らんわ。なんかそういうの苦手だし……」
「スマホと変わらないよ?」
本音は、こいつに合わせてそうしていたら、なし崩し的に俺が居候の同棲状態になってしまいそうだからだ。
いや、俺の私物も持ち込んじゃってるし連泊もするし、既に半分そうなりつつあるんだけど。一線を引いておきたいってのは俺の単なるこだわりだ。
確かにこいつのマンションは一流ホテルのスウィート並に快適だ(泊まった事ないから想像だけど、多分)
ロビーに常駐するコンシェルジュ氏は急ぎのクリーニングから電池一個の買い物までやってくれるし、部屋の掃除はプロの家事サービスがしてくれる。名前呼んだらAI的なヤツが空調も風呂も家電の操作もやってくれてBGMも流してくれる。
マンション内にはジムもスパもカフェテリアもーー玄英によると核シェルターまでーー揃ってるから、その気になれば建物から一歩も出ずに世界の終わる日まで生活できそうだ。金が続く限り、のただしつきだが。
冷静になって自分の身の丈を考えると、そういう暮らしに慣れすぎてしまうのも玄英の好意に甘え切るのも違うと思う。
かと言ってシェアハウス的にここの家賃なんか折半できないしーー玄英はそんなこと気にしちゃいないし、むしろ一緒に暮らして欲しがっているフシがあるのだが。
昭和の半ばからゴリゴリの職人の世界で生きてきた祖父ちゃんから「働かざる者食うべからず」「武士は食わねど高楊枝」的な、王道の庶民教育を受けてきた俺だから、その辺には沽券とかプライドとかけじめみたいなものを持っておきたいーー端から見たらちっぽけな、つまんないこだわりかもしれないんだけど。
「今日は泊まっていくよね?」
玄関のドアを閉めるなり、こちらの気も知らないで脳天気にうきうきとじゃれつく玄英に苛立ってしまい、つい胸ぐらを掴んで威嚇してしまった。
「そんなことよりあんた、俺に何か言うことあんだろ」
本当は部屋で落ち着いてからゆっくり切り出すつもりだったのだが。
「ご主人様……いきなり壁ドンとか……急にスキル上げましたね」
「恥じらうな!無駄にテンション上げてんじゃねーよ!」
……初手から失敗した。こいつの性癖はわかってるはずなのに、こっちの短気だって生まれついてのもんだからそうそう直せない。俺は手を離すと「悪い。中で話そう」とリビングに向かった。
「……からの放置?ここでステイ?服も脱ぐ?」
「そういうプレイじゃねえんだよ!こっちは話があって来てんだ!いいから中入って座れ!」
「えっ……もしかしてマジのやつ……?」
「そうだよ!だから来てんだろうが」
「集中できるかなあ……久しぶりでいきなりあんなだからスイッチ入っちゃって」
先にソファに掛けると、玄英の長身が膝の上にしなだれかかってきた。
「馬鹿言ってんじゃねえ。重い」
遠山玄英って本当は二人いて、俺はこっちの玄英に騙されてるんじゃないか?……そう思ってしまうくらいこの人、ギャップが大き過ぎてこういう時の扱いづらさったらない。
玄英は俺を見上げたまま、全年齢の乙女がもれなく恋に落ちてしまいそうな天真爛漫かつ蠱惑 的な笑みを浮かべた。
「先にめちゃくちゃにして?そしたらちゃん話聞くから」
ーーこ、こいつ……絶対俺の弱みを知っててやってるだろ。
「しない。離れろ。難しい話じゃないし、あんた次第ですぐ終わるから」
「僕次第なの?新しいプレイ?」
「そう思って我慢して座っとけ」
キレたら負けだ。対面の席を顎で指すと玄英は素直に従った。俺は俺でこいつの扱いにどうにか慣れつつある(と思う)
「はあい。じゃあすぐ終わらせちゃうよ!早く話して?」
無防備にはしゃぐ玄英に一瞬ほだされかかったが、これまで保っていた怒りの感情が辛うじて勝ったーー英雄かよ、俺。人間の持つエネルギーで性欲よりデカいのが怒りのそれだって言うからな。
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