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恒星:玄英が実家にやって来る!(何も聞いてないけど) 4
「あんたの会社、研修で俺の実家に来るって聞いたんだけど」
あくまでフラットに、事務的に話を切り出す。
「ああ、そうなんだ。楽しみだなぁ。よろしくね」
玄英は悪びれることなく嬉しそうに笑った。
「いや俺、会社で水島さんから、今日初めて聞いたんだけど……」
「えっ、そうなの?」
「いや、それはどうでもいいんだ。こっちの単なる事務連絡の不手際だから。ただ普通、こういう話が持ち上がったら先に俺に相談してくれるもんじゃないの?って思うのは俺だけか?」
「あ……」
「確かに普段から仕事とプライベートは分けようって事にはしてるよ?ましてやあんたの会社のことに口挟むつもりはないけどさ」
「ダメだった?」
一メートル弱分の遠近法を利用した上にわざわざ長身を屈めて、潤んだ瞳で見上げて小首まで傾げられたって動じるもんかーー胸元緩め過ぎだし。あざと過ぎんぞ、くそ(可愛い)
「恒星の仕事にも悪い話じゃないと思うんだよね。水島課長はうちの商品を業務用資材にも展開したいという考えだし、それで……」
「そういう話じゃないだろ!わかってて論点を反らすなーっ!」
平手でテーブルを叩いたら玄英は「ひゃっ」と飛び上がった。
「ダメだったとか泡 立った煮え立ったとか、そういう話をしてんじゃねえんだよ!」
どうでもいいが、マホガニーのアンティークだかなんだかの頑丈なテーブルだからめっちゃ手が痛い。
「そりゃパーティーの時、何人かに『庭を見に行きたい』とは言われたよ?他ならぬ玄英の会社の人達だし、個人的に遊びに来てくれるんなら俺だって歓迎したのに。何で俺の知らないところで、しれっとオフィシャルな話にしてんだよ?そもそもあんたあの時、自分も行きたいなんて言わなかったじゃん!」
落ち着いて話し合ってさっくりと終わらせるつもりだったのに、勢いに乗ってついまくし立ててしまった。
「……ええとだって、恒星、嫌がるかなって思って……」
玄英はすっかりしゅんとなってしまった。
「和風建築とか日本庭園とか……そういうのにも興味はあるけど、それより僕、単純に好きな人の生まれ育った場所が見てみたかったんだよ。恒星を育ててくれたご家族にも会って見たかったし……」
ーーううっ……可憐だ(図体デカいけど)
外向きにはいつも自信たっぷりでソツも隙も一ミリたりとも見せなくて、もっと小器用な人だと思ってたのに……何それ(きゅん)
「同性のパートナーなんて家族に紹介しづらいのわかってるし、仕事絡みにでもしなきゃ機会なんて訪れないだろうと思って……」
もう可愛げしかなく、さすがの俺もいたたまれなくなってくる。前言撤回してなし崩し的に抱きしめて舌入れて押し倒したいーーそんな衝動を、辛うじて堪えた。
「あ……あのな?嫌とかそういうことじゃねえんだよ。あんたのことは、いつかはちゃんと家のモンに話したいし紹介したい。だけど、今じゃねえなって思ってただけ……」
「えっ……?」
ここまで言うつもりなかったんだが……本当に照れる。勘弁してくれ。
「つき合ってから日が浅いってのもあるけど……うちの人ら、基本的にゴリゴリ昭和の価値観の人らだから。それで玄英に嫌な思いさせんのも嫌だし、かと言ってただの『友人』とか『取引先の人』して紹介するのも違うと思うし……長期戦でもいいから理解してもらえる方法がないか考えてて……」
「僕のこと、そこまで真剣に考えてくれてたの……!」
ぱああ、と擬音が聞こえてきそうなくらいの、日の出とともに一斉に起床した向日葵畑が見えた。そのくらい玄英の顔が明るくなったーーうっわ。今俺絶対顔真っ赤だわ。
「いやまあ……あんたにとっちゃ大きなお世話かもしれないんだけど。長くつき合うんならそういうことも必要かと思っ……」
ハンフリー・ボガードの時代はよかった……とまでは思わないが、男はタフで優しくて、黙って○○でついでに不器用でなければ生きていけなかったジェンダーフルな昭和時代の男に育てられたせいで、俺も実年齢の割にたいがい古い男だ。
一度深い仲になった相手には誠意を尽くすべきだし、相手の人生に責任を持つべきだと考えてるーー元カノにそれが重いと言われて別れたこともある。
色々順番がおかしかった上、同性の玄英とつき合ってるのは俺の人生においてかなり想定外の出来事だ。だからって俺の信条が変わるわけじゃない。
「大好き!ご主人様!」
玄英が声を震わせ、テーブルを乗り越えて突進してきた。とっさに受け身をとったが勢い余って二人ともソファから転げ落ちた。
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