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恒星:おいでよ!恒星の部屋 1

「お帰りなさいませ、坊ちゃん!」  右書きで「青葉造園」と描かれた扁額を掲げた門をくぐった途端、揃いの法被(はっぴ)を着て両隣に並んだ十人ほどの厳ついおっさん達が一斉に頭を下げた。 「ちょ!こういう馬鹿げたノリ、いい加減やめてくれよ……」 「久々の坊ちゃんのお帰りですから。徒弟一同心待ちにしておりました」  職人の中で一番若手ーーといっても四十路半ばの硬派な男、清さんがにこりともせずに言った。 「徒弟じゃなくて社員だろ。あと『坊ちゃん』呼びすんのやめて」 「では若」 「若も駄目!」  清さんは俺より十以上歳上だが、無口な強面の割に子どもの扱いや家事全般が得意で、小さい時からよく面倒を見てもらっていた。  放任主義の祖父に預けられた一人っ子の俺にとっては兄貴のような、ある意味母親のような存在でもある。  住み込みで一緒働いていた同期の(元)若手職人達が所帯を構えたり独立したりしていく中、未だに実家の離れに住んで今は歳のいった祖父ちゃんの食事や身の回りの世話をしてくれている。 「坊はいくつになっても坊だよなあ」「しばらく見ねえ間にでっかくなって」  専務の達さんが俺にヘッドロックをかけ、職人頭の敏さんが頭をぐりぐりと撫でにかかる。  その馬鹿力で青葉造園の屋台骨を支えている中堅どころの二人は、それぞれ矢沢永吉と横浜銀蝿を深く長く愛してやまない、一生涯青春の前期高齢者だ。 「でかくなってるわけないでしょうがーっ!アラサーのいい大人だぞ?」 「いやいや立派になりましたよ、特にこの辺り」 「ちょ!伝さん!腹揉むのやめて!」  ……俺だって気にしてるんだから。 「坊はずい分と洒落もんになったなあ。さては女でもできたか?」 「できるわけないでしょーっ!」  ……「女」はな。 「親方が中でお待ちだ。久しぶりの実家なんだから命の洗濯してけよ」  あんたらにライフポイントMAXで絶賛削られ中なんだが。 「坊ちゃん、お勤めご苦労様デス」「だから言い方!」  ……って、ん?  社員の平均年齢ギリギリ定年退職前という現業系零細企業の社員の中に珍しく、初対面の若い男性が混じっている。  揃いの法被の下はシンプルなTシャツとそれなりに着込まれている作業ズボンだから、バイトか見習いか。  黒い瞳をきらきら輝かせ、にっこり笑うと日によく焼けた肌に白い歯が目立つ。  ちょい彫りが深いくらいの顔立ちだが、言葉のイントネーションは日本語ネイティブではなさそうだ。 「ああこいつ、最近入った新入りですよ。ダイってんです」 「へえ……若手がなかなか入らないって言ってたのに、よく見つかったね。海外出身?」 「ベトナム人です。ほら、国で推進してる技能実習生ってやつで」  保守的な身内社会だと思っていた実家の家業も、時代の波には逆らえないってことか。 「最初はどうなるかと思った時もありましたが、なかなかどうして。そこいらの最近のもんよりよっぽど真面目でガッツがあります。ほらダイ、坊ちゃんにご挨拶を」 「手前、生国と発しますところベトナムにございます。姓はフォン、名はダイ。恥ずかしながら稼業未熟の駆け出し者でございます。以後、お見知りおきを」  舌足らずではあるが完璧に暗記した仁義の切りっぷりに、こちとら完全に虚無になった。 「……俺はここん()の孫で恒星。よろしく。っていうかダイ」 「はい」 「何をどう教わったのか知らんけど、兄さん方から教わることをあんまり真に受けない方がいいと思う……」 「え、え?そうなんですか?」 「もちろん仕事以外のことは、だけど」  ジェシカに雰囲気がちょっと似てる。まさか血縁じゃないだろうけど、ルーツ一緒かもな。  俺がバイトを兼ねて手伝いに入り始めたのは十代のトンがってた生意気盛りの頃だった。一枚も二枚も上手の兄さん達に突っかかっては手のひらで転がされ、逆にちょくちょく遊ばれたものだ……今となってはいい思い出だ。 「清さん」「はい坊ちゃん」 「皆が面白がって新入りに変なこと教えてんの、放っとくんじゃないよ。どうせ教えるならもっと実生活に役立つことを教えてやらないか」 「面目ございません。目が届きませんで……ところで坊ちゃん、後ろのお客人は?」  いい年の孫を猫可愛がりする婆ちゃん……ならぬおっちゃん連中の様子を、玄英が興味津々で観察中していた。危うく存在を忘れるところだった。

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