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恒星:おいでよ!恒星の部屋 2
私服バージョンの玄英は長めの前髪を下ろし、柔らかな色のオーバーシャツにデニム、前泊用のボストンバッグを肩に掛けていた。
その場の全員を見下ろせる180センチ近い長身でありながら、儚げな透明感と物憂げな色香を放っている。「スタンド・バイ・ミー」を口ずさみながら大陸横断鉄道の果てに歩き去ってしまいそうだ。
「ひょっとして……坊ちゃんのこれですかい」
悪ノリに輪をかけるタイプの敏さんが、下ネタを披露する時の下世話な笑顔で小指を立てたーー相変わらずしょうもない昭和ノリだ。
「ああ。そうだよ」
面倒臭くなってあまり考えずに放った一言で、一同騒然となる。
「ま、まさかの青い目の嫁さん?」
「こいつは目出度 え!」
「坊ちゃん、そうならそうと早く言ってくれれば!」
「国際結婚?しかも姉さん女房じゃねえか?」
「どえらいべっぴんさんだ!」「坊ちゃんもやるな!」「これで青葉造園も安泰だ!」
「ささ姐さん、どうぞ中に!あー、キャンユースピークジャパニーズ?」
「それにしてもえらく急だな。もしや出来ちゃった婚か?」
「目出度え事にゃ変わりはねえ。いっそ手間が省けちゃっていいや。ダイ、急いで親方に報告を!」
「ガッテン承知だ!」
「清。仕出しに鯛のお頭つき追加だ!」
「待てーーーーーーーーーーーーっ!」
男だらけの昭和コントみたいなカオスなノリに俺がキレたのと、玄英のローヴォイスな大爆笑にみんなが固まったのとが同時だった。
「揃いも揃って間に受けんな!その人はD’s Theoryの社長さんだ!祖父ちゃんが電話口で意気投合して飲みに誘ったんだよ!」
まるっと孫の俺の頭越しに、昔気質の祖父ちゃんに気に入られるとは……恐るべし玄英のコミュ強ぶり……
「社長さんなの?若え!」
「えっこんな、ハリウッドスターみてえな色男が?」
「今流行りの、あれですかい。ほら、カストリだか、カリマスだか……スティーム・ジョブズみてぇな?」
色々惜しすぎて何言ってるかわかんねえよ(笑)
「でも坊ちゃん、英語できましたっけ?」
「この人、日本人だよ……海外生活が長いだけで。あ、なんか祖母ちゃんがイギリス人らしい」
実家ってこんなに疲れる所だったっけ……
「いやあ、先ほどはうちの若いもんがとんだご無礼をいたしました」
カコーン……
鹿威 しの鳴る庭に臨む客間で、青葉造園の社長(通称・親方。兼俺の祖父ちゃん)が玄英と杯を交わしている。
「若いもん」つってもダイ以外は玄英より歳上だし、さらに清さん以外は定年間近〜雇用延長世代だけどな。
「親方」こと俺の祖父ちゃん青葉恒三 は彼らの上司にして、住み込みで働いていたら正真正銘の若手時代から公私の別なく面倒を見てきた、技術的精神的師匠でもある。
後期高齢者になりたてホヤホヤではあるが、足腰はしっかりしてるし脱いだらスゴい(筋肉的な意味で)現役バリバリのガテン系職人だ。
力仕事は「若手」に任せる場面も増えたが、ちょっとした石組みなら家一軒分、自分一人で完璧に組み上げられる。
「恒星も恒星で、昔から下手な冗談を言って、かえって人様を怒らすようなところがありまして……不肖の孫でお恥ずかしい」
聞かれて否定しなかっただけだ。嘘はついていない。そうか、この手があったか。
確かに、俺も初見でこのバージョンの玄英を女性と見間違えた。だからってまさかここまでナチュラルに「彼女」認定されるとは。
ちょっと惜しかった気もするが、先々の事を考えると正攻法で行くしかないか。
「いえいえどうして。恒星は正直な、立派な人ですよ。僕はいつも助けられています」
こっちのフライングかこつけて玄英が爆弾を落とさないか気が気ではないのだが、その辺は読んでくれているようだ。この人に褒められるのはやっぱり光栄だし、嬉しい。
「世界を股に掛ける若社長にそう言っていただけると恐縮です……ささ、もう一杯」
カコーン……
「造園屋さんのお家だけあって素敵なお庭ですね。特にあれがいいですね……バンブーチューブ……すごくいい音がする」
「ああ、鹿威しね。家はボロだが庭は商品見本みたいなもんだからそれなりにね。はっはっは」
穏やかな時間が続く。
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