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恒星:おいでよ!恒星の部屋 3

「シシオドシ、ですか。『ワビ、サビ』という感じがして本当にいいですね。僕もああいうの欲しい」  あのセレブ御用達タワマンに鹿威し……一体、どこに置くんだよ。シュール過ぎんだろ。 「大昔は農家が作物を荒らす獣を追い払うためのものだったそうですがね。大雨や台風の時なんか、ガコンガコンうるさいですよ。ははは」  玄英の社交的な性格や礼儀正しさ、そつなく相手の懐に入り込む会話術のお陰もあるだろうが、職人気質で基本的に新しいもの嫌いの祖父ちゃんが玄英を気に入ってくれたのは嬉しい誤算だ。  もっと玄英の人となりを知ってもらえたら案外、俺達のことも受け入れてくれるんじゃないか……そう思いたいけど、それは甘すぎるのかな。 「そういや恒星。お前さん、しばらくこっちに来てなかったからよ。こないだの縁談話、進めといていいんだろう」 「縁談?誰の?清さんの?」 「馬鹿野郎。お前さんのに決まっとろうが」 「は?俺の縁談?」 「確かに清の奴がいつまでも独り身ってぇのも長年の頭痛の種なんだが。いよいよお前が身を固めるってなりゃ、奴さんだって本気出すだろうよ」  何この地雷トラップin実家。 「そんなん聞いてないよ!」 「何だ、呆れたやつだな。忘れたたあ言わせねえぞ。こないだ、浅井さんの奥さんの親戚の娘さんどうだって聞いたじゃねえか」  ……ええと…… 「お前さんだって珍しく乗り気で、会うだけ会ってみたいって」  あーー……  玄英と出会う少し前に、そんな話があったような……  あの時は俺、まるっとフリーだったし、年齢的にも人並みに婚活云々なんてのが頭をかすめたりしてたんだよな。  玄英と出会う前の記憶が、ルネサンス以前の中世とかジーザス爆誕の紀元前レベルで大昔のことのように思える。 「思い出したけど、こないだって!正月かそこらの話じゃないか。とっくに無くなったと思ってた」  ここん家の人らの感覚だと「十年一昔」イコール「こないだ」らしいので……そこら辺はツッコんでも仕方がないが。 「何言ってやがるんだい。先方のお嬢さんもお前も仕事が繁忙期だから、夏が過ぎて一段落した頃に改めて席を……って話になってたんだろうがよ」  さっきの騒ぎだって俺、ツッコミ待ちだったのに……まさか間に受けるとは思わないだろ。どんだけ激アツなんだよ、俺の結婚熱@実家(本人除く)  聞かされるまでそんな話があったことすらすっかり忘れていたし、全然やましいこともないんだけど……玄英、今どんな顔しているかな。 まともに目を合わせる勇気がない。 「祖父ちゃん。実は俺、あの時とは状況が違って……」 「状況って何だい、状況って。さては惚れた女でもできたか?」 「違っ……いや、彼女じゃないんだけど……好きな……人が……」  「好きな人だあ?三十にもなってトッポいこと抜かしやがって」  ギリギリ二十代だし!(こだわる) 「彼女じゃないたあどういう事だよ。アワビの貝の片思いってやつか?」 「か、片思い……では、ないかな」  本人前にして何の尋問だよ。祖父ちゃんには頭上がらないし、ますます玄英の顔見られないし。 「まさか、昨今お騒がせの『不倫』なんてぇんじゃあなかろうなっ!人の道にもとるようなこたぁ、お天道様が許してもこの祖父ちゃんが……」 「してないしてない!何でそうやって話を勝手にこしらえるかな……とにかく、後でちゃんと説明するから。悪いけどそっちの話はきっちり断っといてっ!」  この時点でライフポイントがマイナスに振り切れた。 「まあしかし本当、『暖簾に腕押し、糠に釘』ってなぁ、お前さんのことかねぇ。やっとヤンチャが落ち着いたかと思ったら、いい歳してぼんやりふらふら……」  祖父ちゃんは深いため息をついた。 「今だからこうして話せるんだが、それもこれも思い起こせば恥ずかしき事の数々……ってやつだな。お前の母親は亡きカミさんの忘れ形見の一人娘でな。片親の男所帯だからと世間様に後ろ指だけァ差されねえように育て上げたつもりが、どこでどう間違えたかお前の父親と駆け落ちされた。  それでもどこか遠くの街で幸せになっててくれりゃァそれでいい、戻る気になりゃいつでもおいでよ……てなもんでさ。こちとら腹ぁ括ってたんだよ」  ベベン。  思わず口三味線で合いの手入れたくなるほど、祖父ちゃんの啖呵はテンポの良い講談調だ。  俺の啖呵切りは祖父ちゃんからの一子相伝……ならぬ「門前の小僧、習わぬ経を読む」ってやつだ。師匠にはまだ敵わない。よって、謹んで拝聴する。

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