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恒星:おいでよ!恒星の部屋 4
「そしたら今度ァあの親不孝娘、『あたし真実の愛に出会ったの、今度こそ幸せになるわ』とかなんとか抜かしやがって『アルプスの少女ハ○ジ』の第一話よろしく、おしめが取れたばかりのお前さんをこの家にヒョイと置いて行きやがった。
それから『赤城の子守唄』よろしく喜びも悲しみも幾星霜、(中略)思えば遠くにきたもんだ。何だかんだでお前さんも三十路、そろそろこの年寄りに肩の荷を降ろさせてくれたって、バチぁ当らねえと思うんだがなぁ」
祖父ちゃんごめん……そんな日はもう永遠に来ないかもしれない。
老体に鞭打って俺みたいな悪ガキを育ててくれた事には感謝してるし、何なら介護も引き受けるつもりだけど。円満にオッサン化を迎えつつあるアラサーの孫の心配なんかもうしないでくれ……
「今回の話はまァ、嫌だってんなら仕方がねえ。俺がよくよく頭下げりゃあいい話さ。
だがよ。お前さんが家を出んのを許したのは、勝手気ままな独身貴族生活をエンジョイさせるためじゃあねえぞ。お前ときたら幾つになっても『清』『清』って何かと手ェ焼かせて、当の清もずっと独り身で。それがずっと気掛かりだったからさ。
『可愛い子には旅をさせろ』だの『他人の釜の飯を食わせろ』なんて昔っからよく言うし『祖父ちゃん子は三文安い』とも言う。お前さんが一人前になってくれるんならと、そう思って許したんだよ。
このご時世だし今さら家業を継げたぁ言わねえが、いい歳して筋のひとつも通せないってんじゃあお前さん、それぁ通らねえぜ」
うううっ……
「中途半端に返事しといて、すっかり忘れてたのは謝るよ。てか祖父ちゃんよ、初対面のお客さんの前でわざわざそんな身内のディープな話、しなくてもよくね?」
「ああっはっはっは、そう言やぁそうだ。どうも爺馬鹿がお恥ずかしいところをお見せしちまって。遠山社長、きっとこれも何かのご縁だ。そちらの会社でどなたかご紹介願えませんかねえ」
嗚呼、祖父ちゃん大暴走。
「やめろよ。この人の会社、そういうのとは違うんだよ。インターナショナルでコンプライアンスも最先端なんだから」
「なに、インターハイだか何だか知らんが、どこの会社にだって適齢期の女子社員の一人くらいおられるだろうよ。ときに社長、ご結婚の方は?」
「昨年、離婚しました」
カコーン……
終始社交用スマイルを崩さずさらりと愛想良く答えた玄英を俺は尊敬した。「俺の辞書にデリカシーとかコンプラという文字はない」ザ・昭和の男も「へえ、そりゃどうも……ご愁傷様で」と決まり悪そうに黙り込んだ。
「祖父ちゃん。今時そんなん聞いたらセクハラなんだぞ……」
好きな人に身内紹介するのってある意味、ロシアンルーレットみたいなもんだよなぁ……玄英の適応脳力の高さと懐の深さにひれ伏して感謝するがいい。
アップデートとオールドモデル、非常識と非常識の応酬はお互い様かもしれないのだが……先が思いやられる。
「親方、酒と仕出しが届きました」
そのまま職人一同が合流し「遠山社長の歓迎会」となった。
気さくで話題も豊富でついでに「隠れザル」の玄英は、あっという間におっちゃん達にも気に入られる。
全員がもう少し若くて「ザル」や「ワク」を公言してはばからなかった一昔前だったら朝までとことん付き合わされただろうが、今やほば全員がドクターストップ持ちなのでそこそこ穏やかに盛り上がり(当社比)、明日も早いからとほどほどの時間でお開きとなった。
風呂から上がった玄英に客用の浴衣を着せてみたら、かなり寸足らずだった。
「家に用意してある浴衣は最大丈でも俺とか清さんサイズ(170〜175)だからなぁ……」
せっかくモデルがいいのに全く似合っていないのがもったいない。
「楽しみにしてたのにごめん。今度は玄英サイズのも揃えておくから」
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