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恒星:おいでよ!恒星の部屋 5

「なあ、俺のTシャツ貸そうか?デカめであんまり着てないのがどこかに……」 「浴衣がいい。ちょっと短いけどそんな変じゃないでしょ?」 「うーん……短いって時点で変なんだけどな」 「そうなの?」 「ま、寝巻きだからいいか。みんな寝ちゃって誰に見せるわけでもないし」  きまじめな祖父ちゃんあたりが見たら「こんな格好させて失礼だ」と雷を落とされそうだが。朝起きてすぐ着替えさせたらセーフだろう。 「何か……ごめんな」 「また謝ってる。何が?僕に内緒でお見合いしようとしてたこと?」  玄英が急に拗ねた。やっぱこの人、根に持ってたのか…… 「違っ!だいたいそれ、玄英と出会う前に来た話で俺もすっかり忘れてたしっ!じゃなくて……」「何?」 「よく考えたら二人で初めての外泊なのに、よりによって仕事絡みで俺の実家だなんて……雰囲気もへったくれもないな」  酔ったおっちゃん連中なんて(だいぶ自重してたとは思うが)ハラスメント全開で武勇伝披露したがるし。  前の研修先が酷すぎて逃げ出した、という曰くつきのダイも心配だが、そっちはどうにか溶け込めているようで安心した。 「あのさ、後日ちゃんと仕切り直すから。今回のはノーカンでいいよな?」  えっ俺、今すげぇ恋人っぽいこと言ってねえ?恥ずかし……  耳まで赤くして仏頂面でうつむいた俺を、玄英はふんわりと包み込むように抱きしめた。みずみずしい胸元からふんわりと石鹸の香りが漂う。 「どうして?この家、とてもファンタスティックだよ!シシオドシとか神棚とか、でこぼこの木の柱とか、きらきらした土壁とか木の窓とか……」 ーーああ、客間の瘤磨きの床柱と砂壁か……  実家は戦後に建てた数寄屋造の家だ。林業がまだ山村集落の花形産業で、国産のいい材木が手に入った時代に建てたものだと聞いている。当時は曾祖父さんが社長で家業も全盛期だったとか何とか……水回りをリフォームした他は、当時のままだ。  俺には見慣れた実家のあれこれが玄英にとっては新鮮らしく、いちいち断りを入れては撮影していたーーそのセレクトと美的センスの基準が俺には不可解だったりするのだが、楽しんでくれたんならまあ、いいか。 「恒星のお祖父様やみんなと話してると、まるで昭和の日本映画の中にいるみたい。まだ行ったことないけど、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンってこんなかな」 「いや、違うと思うぞ……広い心で受け止めていただけたんなら幸いだが」 「恒星がここで育ったんたと思うだけでロマンティックだよ」 「あんたよくも、言われた方がこっ恥ずかしくなるようなことを、抜け抜けと……」 「だって本当にそう思うんだもん。恒星、どんな子どもだったの?」 「手のつけられないやんちゃ坊主だったと思うよ。障子や襖に穴空けるのなんか序の口で、床柱で木登りしたり、砂壁剥がして落書きしたり……くだらない悪戯してこっぴどく怒られたっけなあ」  柱に上った時の、素足に吸いつくような瘤のとっかかりとほどよくひんやりした感触、ぴんと張った真っ白な障子紙や凛と整ったきらきら光る砂壁がぼろぼろもろもろと見る間に形を崩していく面白さ、禁を犯しているという高揚感といつか見つかるという罪悪感ーー五感に染み込んだ感覚として今も鮮明に思い出せる。  ガキの頃の事ーーそれもどうでもいいような記憶をーー細部まで鮮明に、大事に抱え持っているのは、俺の中身がまだガキだからなのか。 「でっかい拳骨もらって蔵に閉じこめられてさんざんギャン泣きしたっけなあ。それでもしばらくするとケロッと忘れて、またやらかす」 「わあ、悪い子だ!障子は貼り直せても壁なんか直すの大変じゃない」 「そうなんだよなあ。どうせまたやらかすだろうって大人が放っておいたところをまた、ばれないようにちょっとずつこっそり削ったり穴開けたりすんのが日課でさ。で、結局またバレて」   外観はそれなりに格のある風の家だが、俺一人のせいで建具類はぼろぼろだった。  そんな程度の事がどうして、中毒性のあるライフワークだったのかーー怒鳴られても仕置きをされてもやめられないくらいーーいくら振り返っても今の俺には到底理解できない……って事は、少しは成長してるんだろうな。  小学生になったらようやく落ち着いてやめた……というより、悪友達とつるんで暴れたり、新手の悪さに精を出すようになってそっちまで手が回らなくなったと言った方が正しい。

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