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恒星:おいでよ!恒星の部屋 6
「恒星の部屋が見たい!」
玄英が唐突に言い出した。
「いいけど……たまに寝に帰るだけで、ほとんど物置部屋だぞ?ゲームだって引越しの時に全部持ってったから無いし」
「ビデオゲーム?僕はやる習慣ないから別に」
「そうなんだ?まあいいや。見たら大人しく寝ろよ?」
俺が高校生まで使っていた部屋は角部屋の六畳間にベッドと本棚と学習机を入れただけの部屋だ。
「すごい!『ドラ○もん』に出てくるのび太の部屋みたい!」
何にでも感動できるあんたにむしろ感動するわ。
「和室の天井にデビュー当時のテイラー・スウィフトのポスターが貼ってあるのってシュールだね!」
悪かったな。
壁や襖には他にも、当時流行ってたヤンキー映画やアクション映画のポスター、ハマっていたインディーズバンドの雑誌記事の切り抜きなんか所狭しと貼ってあって、本棚には受験の時の参考書類がちょこっと、バイク雑誌やCDMD類がぎっしりーー半分は先輩や悪友に譲ってもらったものだ。
懐かしさとか捨てるに捨てられず……という気持ちもないわけではないが、大学入学と同時にこの家を出て入って以来、ものぐさで放置しているだけというのが内情だ。
ああ、疾風怒濤だった十代の残滓……今や立派な黒歴史記念館だった。
はしゃぐ玄英にかえって落ち着かず、ベッドに座っている。色々ツッコまれたらどうしよう。
「一部屋まるごと、恒星のスクラップブックかグラフィックアートみたいだね!僕の部屋に復元したい!」
「何の嫌がらせだよ。絶対やめて」
これだからアッパークラスってヤツは……
「社員にも見せてあげたいよ!」
玄英は大はしゃぎでスマホを構えている。
「見せられるかっ!しれっと写真なんか撮ってんじゃねえっ」
「どうして?僕の知らない十代の恒星の足跡がたくさん残ってるの、尊い」
「一体どこでそんな用語覚えてくるんだよ……」
「バイクの雑誌が一杯あるね。乗るの?」
「最近ご無沙汰だけど、たまには乗ってるよ。地方の現場手伝いに行く時とか……」
「へえ。僕乗ったことないや。どんな感じ?」
「どうって、口で説明すんのかよ……そうだ、玄英。あんたまだ夏休み取ってないんだろ。俺もリフレッシュ休暇取れるっぽいから、二人乗りで○○一周する系の貧乏旅なんかどう?」
日本一周はさすがに日数足りないから、地方一周がせいぜいだろうな。今の季節なら東北や北海道もいい。
怖がるか、敬遠されるかと思っていたら。
「本当?連れてって!楽しみ!」
「マジかよ。あんたセレブだけどガチで『貧乏』旅だぞ。基本的に天気と気分任せで、荷物もそんなに持って行けないから洗濯必須だし、あんたが使うようなドレスコードつきの店やホテルにももちろん入れない。渋滞で目的地まで着けなくてラブホ泊まったりとかもあるし」
「リアリティショーみたいで面白そう。ミニマム旅行ってクールだよ!」
玄英は嬉しそうに俺の隣に腰掛け、長い脚を
持て余し気味にゆらゆらさせた。
連れて行きたくても高級老舗ホテルとか高級リゾート系の旅なんて全然わからんしな。
玄英が物好……いや、好奇心旺盛な割に仕事以外の場では物事にこだわらない人で助かる。
「恒星と一緒なら、野宿だっていいよ!青カンしよう」
「馬鹿野郎。お上品な顔してサラッとそんな事言うんじゃねえ」
だからどこでこんな用語覚えて来るんだこの子は……
だが、それ以外の玄英の希望はーー一人ならぬ二人キャンプやりたいとか、茅葺き屋根の村が見たい的な、人に語れるレベルのヤツなーーてんこ盛りで取り入れてやりたい。帰ったらさっそく企画会議だ。
と、玄英が屈んでベッドの下を覗き込んだ。
「ベッドの下のエロ本は?」
「あんたホント、どこでそんなニッチなネタ仕入れてくるんだ?うっかりそんなもん残しとくわけねえだろ。俺がいない間だって清さんが空気の入れ換えに入ってくんのに」
「清さんて君のナニー(乳母)かコンシェルジュ?」「違うけど」
「ふうん。じゃあ卒業アルバム」
「卒アルはたぶん、今住んでる部屋に持ってってある」
「見たい!恒星の今住んでる部屋にも行ってみたい。明日、帰りに寄ってもいい?」
「マジかよ……きっとあんたん家のクローゼットより狭いし汚ねえぞ」
「あはははは」
ーー完全に冗談だと思ってやがるな、こいつ。これだからアッパークラ(以下略
「学校の制服も残ってる?」
「……ねえよ」
実は押入を開けると昔、先輩から譲ってもらったド派手な龍の裏地のついた変形学ランと、俺が中途半端なヤンキーだったがためにタンスの肥やしになってしまったさらにド派手な金刺繍の特攻服が、仲良く突っ張り棒にぶらさがっていたりする……
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