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溺愛道の教え、その1 想い人に好印象を与えよ
溺愛道の教え、その1 想い人に好印象を与えよ
一番星がまたたき、だんだん草原が夜の色へと染め替えられていく。家畜小屋に戻された羊たちがメエメエと鳴き交わし、家々の竈 で鍋がぐつぐつと歌う。遊牧民が安住の地を得て以来、数限りなく繰り返されてきた、のどかな宵の光景だ。
ハルトは相棒の牧羊犬に餌を与えると、ユキマサとつれだって干し草の貯蔵庫へ行った。ふたりは幼なじみで、羊飼いとしてはユキマサが先輩格にあたる。共に、黒髪に黒い瞳と民族の特徴を受け継いでいるものの、三つ年上のユキマサがどっしりした体格なのに対して、ハルトはちまちま型だ。
「下のにいちゃんが、隊商から珍しい酒を手に入れたんだ。これを終わらせたら飲みにきなよ」
ハルトはそう言うと梯子をのぼり、干し草の山にフォークを突き入れた。ひと束ずつ落として手押し車に積み替えるのだが、受け取る役のユキマサは戸を背にして突っ立ったきりだ。
焦れて、上段から飛び降りる。木偶 の棒と化しているのをこづき、手押し車の持ち手を握らせた。
「腹ぺこなんだ、さっさと片づけよ」
「ああ……いいか」
猫なで声で訊かれて、ハルトはきょとんとした。煉瓦造りの壁から梁へ、梁からランプ掛けへと視線をさまよわせているうちに、ひらめいた。ユキマサは、かつて羊飼いのイロハを教えてくれた。いいか、とは教えを請う準備はいいかという意味で、また何か極意の類いを授けてくれるのかもしれない。
そうに違いないと思って気をつけをした。
するとユキマサは、咳払いをしてから切り出した。
「ハルト、おまえは明日 で十八歳。大人の仲間入りだ」
「もうガキ扱いはさせないんだからな。そうだ、成人した記念に髭 を生やしてみようかな」
つるりとした頬を撫でた。
「髭はともかく、ガキのおままごとは卒業だ。よって、ちょいとばかり早いが大人同士のつき合いかたを手ほどきするぞ」
「おう、いいぜ……うわっ!」
押し倒された拍子に梯子が外れて、倒れた。ばさばさと干し草がこぼれ落ち、降りかかる。もうもうと屑が舞い散るなか、もつれ合って床を転がった。
「暴れるな。幼なじみのよしみでイイコトを教えてやるんだから、おとなしくしろ」
「不意討ちなんて卑怯だ。スモウをとるときは予告する決まりだ!」
スモウは村対抗の団体戦が行われるほどの、人気を誇る格闘技だ。四十八の決まり手があるが、シャツの内側に手をもぐりこませる技なんてあったっけ?
「くすぐったいってば、変なとこさわるな」
ごつい手が胸元を這い回る。ハルトはひぃひぃと身をよじる一方で、薄気味悪いものを感じた。そっちが反則技を使うなら、よおし、投げ飛ばしてやれ。
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