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第5話

 利き足をくの字に曲げて、腹と腹の間にこじ入れた。それから、ねじりを加えつつ上へ上へと動かしていく。  ぬかるみにはまった荷車の車輪に梃子を()って持ちあげるのと原理は同じだ。頃合いを計って、せえの、と利き足を跳ねあげようとしたせつな、くるぶしが棒状の硬いものを掃き下ろす形になった。と同時にズボンの前がもっこりしているさまが目に入り、おかげで隙をつきそこねた。  ユキマサが荒い息を吐いた。鼻の穴が広がり、ハルトはその反応を不思議に思って、くるぶしを前後に動かした。  ズボンの中心に何を隠し持っているのだろう。堅焼きパン、だろうか。根雪が()けて、草原は春の衣をまといはじめているとはいえ、明け方は水たまりに氷が張る。ユキマサはうっかり凍らせてしまうと風味が落ちる堅焼きパンを、専用のポケットをこしらえた中に入れているのかもしれない。  「刺激するな、射精()ちまう……」 「でるって、何が?」  黒い瞳は、あくまで無垢に澄み切っている。 「っていうか、重いぃ、つぶれるう……!」  全体重をかけて覆いかぶさってこられると、攻勢に転じるどころか、岩の下敷きになったように身動きがとれない。布を隔てているとはいえ、くるぶしと堅焼きパン(?)がいちだんと密着すると、ユキマサは(くわ)をふるうように腰を揺らめかせる。くるぶしが微妙に湿り気を帯びて、ウエッとなった。 「これがイイコトなのさ、嘘つき」 「俺のチンポをおまえのムニャムニャにずぶずぶして、本番はそれからだって」 「チンポ? ぜんぜん意味がわかんない!」  干し草をまき散らしながら、どっすんばったんやっているさなか、勢いよく戸が開いた。髭面で眼光鋭い男が一喝した。 「乳繰り合うとは、けしからん! まさか、純潔を(けが)したあとではあるまいな」 「めっ、滅相もない、未遂であります! 菊座にずっぽしどころか、乳首さえつまみそびれて……あわわ」  がばっとひれ伏したユキマサを()め据えておいて、戸枠をくぐる。期せずして貞操の危機を救ったのは、村長(むらおさ)を務めるハルトの父親だ。素手で狼を仕留めたという武勇伝の持ち主だけあって、鹿皮のマントをさばいて仁王立ちになると迫力満点だ。  現にユキマサは、がたがたと震えだす。ちなみにハルトは、ふたりの兄が父親に生き写しなのに引きかえ、(すみれ)の花のように可憐な母親似だ。

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