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第6話
「ユキマサごときに、わしの目を盗んでチョメチョメしてのける度胸はない、と高をくくっていたが胸騒ぎがして様子を見にきたのが功を奏しおったわ。はぐれ狼の臭跡をたどって狩り込んだころに培った勘は鈍っておらぬ」
「おやじ、若かりしころは云々って自慢するのは年とった証拠なんだって」
ハルトは笑い飛ばした。表面はカチカチでも中はねばねば、という野ざらしの羊の糞 を踏んづけたような感触がくるぶしに残っていて、ぼろ切れで何度もこする。
そして今さらながら疑問に思う。チンポがどうのこうのって結局、何をする気だったのだろう?
ともあれ床一面に散らばった干し草を掃き集めにかかる。ところが箒 を奪い取られたのにつづいて、村中に響き渡るような胴間声が爆弾発言をかました。
「末の息子よ、耳の穴をかっぽじって聞くがよい。何を隠そう、恐れ多くも、おまえは領主さまの許婚 なのだ」
箒を奪い返すハルトに先がけて、ユキマサが跳ね起きた。
「けど、おやっさん、ハルトは男で領主さまも男。許婚もへったくれもないでしょうが」
「うむ、わしとしても寝耳に水の話だ。しかし先ほど使者の方が、領主さまが認 めた親書を携えて訪ねてこられたのだ」
じょりじょりと鬚 をねじりながら言葉を継ぐ。
「畏 くも親書に曰く『愛息を見初めた折に言い交わした印の指環を与えた』──そうだ。ハルトよ、指環を賜ったなら賜ったで、なぜ内証にしていたのだ」
「指環なんか、もらった憶えがないってば」
しゃかしゃかと箒を動かすと、それが呼び水となって記憶の扉が開いた。指環、指環といえばガラクタ入れの中で埃をかぶりっぱなしになっているのがあったっけ……?
「そういえば、むかあし小汚い行き倒れから、褒美がどうのこうのって言われた気がするような、しないような……」
その前後のいきさつが鮮明な像を結びきらないうちに躰を揺さぶられたため、記憶の断片は泡のように消え失せた。
「七年前に急な病で崩御あそばした前 の領主さまの忘れ形見であり、弱冠二十三歳にしてワシュリ領国を治めることとなったイスキア・シジュマバードⅩⅢ世さまを評するに事欠いて小汚いだと? バカ息子、みそっかす、タワケ!」
「バカと言うほうがバカなんですう、クソおやじ!」
「クソとはなんだ、クソとは。性根を叩きなおしてくれる」
サンダルで尻っぺたを力一杯ひっぱたかれて、せっかく掃き寄せた干し草を蹴散らしながら、つんのめった。ユキマサがドサクサにまぎれてそろそろと戸口へ向かい、ところが貯蔵庫を出るまぎわに振り返った。
「兄貴分の特権で初物をいただこうって計画がポシャって残念……もとい、うっかり領主さまの上前をはねる形にならなくて助かった。元気でな、しっかり娶 られるんだぞ」
そう、空涙をぬぐう真似を交えて熱弁をふるう。もっとも村長が威しつけるように踏み出すが早いか、すたこらさっさと逃げていくあたり、ちょい役感丸出しの退場ぶりだが。
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