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第11話

「『よっ、領主さま男前』とか『領主さま太っ腹』とか、おだてまくったらさ、気をよくして本土側に戻る船を手配してくれたかもだろ? ああ、おれのバカバカ」  自分で自分の頭をぽかぽか殴ると呆気にとられたような沈黙が落ち、ややあって、 「さすがイスキアさまのお眼鏡にかなっただけのことはある。許婚殿はあけっぴろげで可愛らしい御方……ぷっ、失礼」  家来のひとりが噴き出したのをきっかけにして、謁見の間は爆笑の渦に包まれた。  実際には好意を持たれた。だが物笑いの種になったと感じて、ハルトはむくれた。改めてイスキアを()め据えると、ことさら草原なまりを丸出しにして皮肉った。 「おいらが、あんたに嫁ぐ約束をしたっつうのは妙ちきりんな帽子の下の、おつむがこしらえた妄想だべさ」  せせら笑いで締めくくって、ごろりと寝そべる。ステンドグラスに視線が流れた拍子に、干し草に虫の死骸が混じっていたような違和感を覚えて起き直った。  湖畔の風景を題材にしたなかに、奇妙な生き物の姿があしらわれている。ヒトもどきに二本足で立って、甲羅を背負って、頭のてっぺんは円盤状にツルピカで……あんな生き物は見たことも聞いたこともない。妖怪(?)の類いをわざわざ色ガラスを組み合わせて描き出すなんて、作者はきっと相当な変わり者だ。  と、ドスの利いた声が空気を震わせた。 「わたしを乾き死にの淵から掬いあげてくれた折に将来を約束したのを忘れたと申すのか。伝書鳩ですら(ねぐら)にまっすぐ帰ってくるというのに、そなたは虫けら並みに物覚えが悪いのか」 「虫けらとは、ご挨拶じゃないか。約束だかなんだか知らないけど好き勝手に戯言(たわごと)をほざきやがって、こうだからな」  お尻ぺんぺんで愚弄した。なごやかな雰囲気が醸し出されかけていたのが一転して、殺気立つ。イスキアは目線の上げ下げで、ひとり残らず家来を制しておいて席を立った。  ただでさえ王者の風格を漂わせる男が重々しげな足どりで歩み寄ってくれば、気圧されるのは必至。ハルトは思わず居住まいを正し、だが対等に渡り合うべく胡坐をかいた。もっとも狼と出くわした羊のように心臓が踊り狂う。そのうえ物腰も装いも洗練されたイスキアにひきかえ、房飾りがほつれたポンチョ姿がなんだかみすぼらしく思えて、うつむいた。  きりりと顔をあげた。ポンチョは羊飼いの正装で、これを恥ずかしいと思うほうが恥ずかしい。

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