13 / 143

第13話

 イスキアは最新の肖像画である、キュウリを収穫する十八歳のハルト(の想像図)を見つめて色ボケ全開の吐息を洩らした。  絵は所詮、絵で本人の魅力は画布にはおさまりきらない。現時点ではあどけなさが残っているが、子ども時代の殻を脱ぎ去るころには凛々しさが際立つだろう。  黒い瞳は湖水のように澄み、黒髪は絹糸のごとく艶々しい。躰の線は細いものの、勝気な性格が補って余りある。野に咲く白百合のような素朴さと誇り高さを併せ持ち、晴れて夫夫(めおと)となったあかつきには、私生活の面のみならず、(まつりごと)においても補佐役を務めてくれるに違いない。  ただし草原に帰る帰るの一点張りでは、前途は険しいが。 「年端もいかぬうちから親兄弟と引き離すのは忍びない。成人するまでは故郷(さと)でのびのびと暮らすのがよかろう、と運命の赤い糸で結ばれた十年前の時点で、あの子を都につれて帰るのを泣く泣く断念した、わたしの英断ぶりに拍手を送りたい」  ハルト、と名づけた抱き枕に頬ずりした。移動曲馬団やら、移動見世物小屋やら、移動紙芝居屋やらに扮した配下の者を折々に草原へ派遣し、報告を通じてハルトの成長ぶりを垣間見るに留めておいたのは賢明だった。  我慢に我慢を重ねた甲斐があって、再会が叶ってからこっち、頭のてっぺんのは薔薇色に輝きっぱなしという勢いだ。 「生身のあの子を慈しみ放題に慈しむためにも学ぶべきことは多い」  傍らの小卓から革装の本を取りあげて、手ずれがしたそれを読みふける。領主の必携の書、あるいは学術書、はたまた意外な線で詩集か、といえばどれも違う。  表紙に箔押しで〝溺愛道・入門編〟とあるそれは、教本だ。イスキアはハルトとの甘々な毎日を夢見て、通信講座で〝そも、溺愛とはなんたるか〟を勉強中なのだ。 「寸暇を惜しんで勉学にいそしむ姿は、まことに領民の規範であられます。ですが、老婆心ながら苦言を呈しますれば今日日(きょうび)『好きな子ほどいじめる』手は通用しませんぞ」  侍従長のメイヤーが、ハルトの荒れっぷりを注進におよびがてら小言を言うために部屋を訪れた。  イスキアが本土側の領主館で執務に没頭しているときなど別館の留守を預かる老臣は、先代の領主にも仕えていただけに手厳しい。顎紐を結ぶ形の小さな角帽からはみ出した銀髪を撫でつけると、ずけずけと言葉を継ぐ。

ともだちにシェアしよう!