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第22話

 ときおり航跡がジグザグの線を描いても、イスキアが彼の櫂を使って水の搔きぐあいを調節してくれるおかげだ。  愛しのハルト号──。イスキアが密かにそう名づけた小舟は呼吸(いき)が合ってきたことも相まって、キュウリ農園の傍らをなめらかに行きすぎる。  うらうらと陽が照り、水晶をちりばめたように飛沫(しぶき)がきらめく。船足が速まるにつれて黒髪と緑がかった金髪が仲よくなびき、 「おれ、すっげえ急な坂道を馬で駆け下りるのが大好きなんだけど、舟ですいすいってのも楽しい! そうだ、今度は漕ぎ較べしようぜ、負けないんだからな」  ハルトが不敵な笑みを浮かべてそう言うと、イスキアは「今度」と鸚鵡返(うむがえ)しに呟いて櫂を取り落としかけた。  水路の両脇には美しい景観が広がる。ある場所では柳がなよやかに枝垂れて、おとぎの国の入り口めいた文様が水面(みなも)を彩った。石橋をくぐり、純白の砂が波と戯れる入り江に沿って小舟はすべらかに行く。水車がカタタン、カタタンと陽気な調べを奏でるなかを、散策気分で漕いで回った。 「この島は領国の中でもとりわけ気候が温暖で住み心地がよい。そなたも自然の恩恵に浴するうちに愛着が湧くはずだ」    ハルトは鼻で嗤って返した。そそる文句を並べても丸め込まれたりしないんだからな。  十文字に交わる分岐に差しかかり、東に針路をとって漕ぎ進める。ゆるやかな弧を描きながら領主館(別館)の裏手を半周したあたりで、黒塗りの小舟が向こうからやって来た。  ふんだんにビーズをあしらったチュニックと、かぼちゃ形の半ズボン、という派手ないでたちの男が乗っている。水路を斜めにふさぐ形で櫂を休めると、大きく手を振ってよこした。  イスキアが露骨に顔をしかめた。櫂の先端を水路の壁に()って大急ぎで回れ右をすると、 「漕げ、漕ぐのだ、腕がもげても漕ぐのだ!」  ハルトを急かす以上に、しゃにむに櫂を繰り出す。だが先端に鉤がついた縄が飛んできて(とも)を捉えた。きんきらきんの衣装をまとった男は縄をたぐりながらするすると追いついてきて、曰く。 「執務をそっちのけで水上で逢瀬と洒落込むとは、すてきに麗しい光景ではないか。親愛なる従兄殿よ」  イスキアのそれより黒っぽい金髪が肩先で波打ち、濃緑色の双眸は企みを秘める。面差しが似通っていて背格好もほぼ同じ。仏頂面が基本形のイスキアに対して、表情は茶目っ気にあふれているが笑顔は作りもの臭い。  闖入者(ちんにゅうしゃ)はかけてもいない眼鏡を押しあげる仕種を交えて、ハルトをじろじろと見た。

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