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第24話

 イスキアは泣く泣く椅子に崩れ落ちた。狙い澄ましたように筋肉が当人に逆らうとは、一体なんの祟りだ? 育ちぐあいがイマイチだからと間引きした、苗か? 他の実に栄養が行き渡るように、と摘み取った蕾か?   髪飾り風の帽子を撫でて気持ちを落ち着かせる。少なくとも〝ハルトと初めての舟遊び〟を満喫したのは好材料といえるのだ。溺愛道の、その入門編において、単位をひとつ修得した手ごたえが感じられるのだから。  そう、現状は形ばかりの〝許婚〟。この微妙な段階を脱して、ふたりの歴史といえるものが作られていく過程において〝初めて~した〟は、特筆に値する出来事なのだ。ハルトが黒い瞳をきらきらさせて櫂を操るさまに見惚れている間中、イスキアはときめきを持て余すほどに、ときめいていた。  ところが至福のひとときを、おじゃま虫ことジリアンがぶち壊してくれた。そう思うと眉間の皺がいっそう深まり、ぴりぴりと()を寄せつけない。うわー、機嫌悪そう、との理由でハルトがキュウリをえりすぐってもらうのをあきらめたあたり、悲劇という次元を通り越して、もはや喜劇だ。  ところでサンルームには先客の姿があった。侍従長のメイヤーが作業台の脇に控えるかたわら、心の中でイスキアに声援を送っていた。  思い起こせば乳飲み子のころから、陰になり日向になりして成長を見守ってきた若君が幸せを摑むことを切に願う反面、ヤキモキさせられどおしだったのだ。ツムジにちょこんとかぶさる角帽の端から指を挿し入れて、つるりとしたそこを搔く。  イスキアさまは聡明で気骨もありながら事、恋愛方面においては意気地なし……もとい不器用ででいらっしゃる。不肖メイヤーの配慮が行き届かなかったばかりに、曲がりくねった純愛路線を歩む羽目になっておいたわしや──。  さて〝おじゃま虫〟のジリアンは、といえば。ハルトと並んで椅子に腰かけて、しかも馴れ馴れしく肩に腕を回す。これ見よがしにじゃれつきながらイスキアへ横目をくれて、こめかみが痙攣するとほくそ笑む。 「なつくな、鬱陶しいってば」  ハルトは椅子ごと横にずれた。なのにジリアンも椅子をずらして、しつこくまとわりついてくる。そのうえ黒髪をひとふさ梳きとって大げさに鼻をひくつかせたあげく、やれやれと言いたげにため息をついた。 「婚約者殿……じゃ堅っ苦しいからハルちゃんて呼ぼう。仲よしの印さ、」    ぶっ殺すぞと、ほのめかすふうにエメラルドグリーンの瞳が剣呑に光った。だがジリアンは知らんぷりして、さらに「くんくん」。

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