25 / 143

第25話

「ハルちゃんは生娘の匂いがするね。従兄殿よ、ひとつ屋根の下へ呼び寄せておきながらまだ手を出していないとは、自分におあずけを食わせる趣味があるのかい?」 「手を出す? 殴られたら倍にして殴り返してやるんだからな。おれ、けっこう腕っぷしが強いんだ」  ハルトはチュニックの袖をめくって力こぶを作ってみせた。一拍おいてジリアンが噴き出し、メイヤーも笑いを嚙み殺す。  イスキアだけが、にこりともしなかった──のは表面上のこと。内心、珍解答ぶりに大いにウケていた。勘違いするさままで我が許婚は、なんと可愛らしいのだ。    授粉して回る蜂の羽音が眠気を誘う。ほのぼのした空気が流れるのとは裏腹に、水面下では従兄弟同士の間で駆け引きが行われていた。そう、こういう調子で。  ジリアンはわざとらしく声をひそめ、それでいてはきはきとハルトに囁きかけた。 「なぜ、キュウリばかり植わっているか疑問に思わないかい? 実はキュウリは僕ら種族の活力源でね。というのもご先祖さまは……」    イスキアはおしゃべりな口にハンカチをかませるのももどかしく、従弟をサンルームの隅へと引きずっていった。 「わたしをおちょくったからには陽だまりに柱を立て、貴様をそれに縛りつけて乾きの苦しみを味わわせても、おあいこであるな」 「おお、おっかない。僕の頭のがカラカラに乾いていくところをハルちゃんに見られて困るのは、だ~れだ」 「脅しても、その手には乗らぬ」 「さあねえ、うっかり口がすべることもあるからね。僕をこの(やかた)に泊めて監視しとくほうが正解かもよ」    大っぴらな密談という矛盾したやりとりが交わされ、ハルトの頭の中は疑問符で一杯だ。  そうこうするうちにキュウリの燻製やら、キュウリのカナッペやら、キュウリのシロップ漬けやら、キュウリづくしの軽食がテーブルをにぎわせた。  従兄弟ふたりは種族に関するマル秘事項について沈黙を守る、という紳士協定をひとまず結んだ。その旨を互いの帽子に誓い合ったうえでテーブルを囲んだあともイスキアはむっつり、ジリアンはにやにや。  ハルトはキュウリのパンケーキをぱくつきつつも物足りなさを覚えた。草原風の、羊の乳で煮出して香辛料をきかせた紅茶と羊の串焼きが恋しいなあ。  ともあれ、きな臭いものを秘めたひと幕は、ほんの序章にすぎなかった。

ともだちにシェアしよう!