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第29話

数多(あまた)の美女に色目を使われても知らんぷりだった堅物のハートを射止めたのがヒトの男の子だったとは意外や意外、びっくり仰天。ハルちゃんの田舎臭いとこ……失敬、おおらかな性格がガチガチの心を揺り動かしたのか、ただのスケベ根性なのか」 「許婚なんて呼ばれるの、おれは、ありがた迷惑なんだってば」  無視する作戦を自らぶち壊してしまった。イスキアのそれより暗い色調の金髪が、ふくみ笑いが洩れるのにともなって揺らめくあたり、からかうネタを提供するというヘマをこいた。  これ以上おもちゃにされないうちに退散するのが賢明で、だが釣果のほうもさっぱりとくれば、手ぶらで帰るのはくやしい。  なので狸寝入りをはじめたのを、鼻の穴をふさいでやって起こした。 「うわっぷ! 乱暴な真似はよしたまえよ」 「訊きたいことがあるの。あのさ、イ……」  いくら本人からそう呼ぶよう言われても、ひと回りも年上の相手を呼び捨てにするのは抵抗がある。竿をあげて、また釣り糸を垂らして、それを数回繰り返したあとで本題に入った。 「ご、ご領主さまも、メイヤーさんも、ついでにジリアンさんも。そろいもそろって変てこな帽子もどきをかぶってるのって、なぜなのか知りたい、っていうか教えろ」    髪飾り風、顎紐を結ぶ小さな角帽、小型版のベレー帽。種類は豊富でも、半端な大きさの帽子をかぶるというより〝ちょんと頭に載っける〟。奇奇妙妙なかぶり方が都風の流行なのだとしても理解に苦しむ。  ジリアンは画帳を一枚破って紙飛行機を折った。涙ながらに頼み込む客を前にして高利貸しがわざと貸し渋るように、紙飛行機を飛ばすわ、くだんのベレー帽をいじるわ、 「意地悪して、ふんだ」  バケツが頭にかぶさってくるまで、のらりくらりと時間を稼いでから、ようやく答えをよこした。 「気になるかい、気になるよねえ。でも紳士協定に背いたことが従兄殿にバレると、お仕置きされちゃうから内証。さて、水分を補給しようかな」  そう、(けむ)に巻いておいて湖に飛び込む。春うららとはいえ湖水は冷たい。にもかかわらず透かし織りの長衣が(ひれ)と化したように、すいすい泳ぐ。  それから、潜った。水面に突き出た岩のあたりで水分補給と称するものを満喫しているとみえて、ときおり泡が立ちのぼってくるものの、息継ぎするため浮かんで様子が一向にない。 「既視感っぽい光景かも」  記憶をたぐってみると、へばっているところを泉へ案内してあげたイスキアも潜りっぱなしだった。超人的な潜水能力に恵まれた血筋なのだとしても、体内時計が十分経過と告げると悪い想像が膨らみはじめる。

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