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第31話

 ハルトは太鼓のようにバケツの底を叩いて、ハッと気づいた。よんどころない用事でひと晩留守にする、と告げたさいのイスキアの眉根は、ふだんの三倍増しに寄っていた。  ハルトが「あっ、そ」の一言で片づけたせいで拗ねたなんてことが、もしかして、ありうる……?  変に甘ったるく心臓が跳ねた。そのぶんバケツをぼこぼこと殴った。なし崩し的に(めと)られるのは絶対、絶対、ぜーったい! に嫌だ。  さっさと縁を切って草原に帰るのが一番の望みで、イスキアに許婚に逃げられた男という烙印が押されようが、おれの知ったこっちゃない。  と、いった調子でハルトは喜怒哀楽のすべてがはっきりと顔に出る。ジリアンにしてみれば鴨が葱を背負ってくるどころか、自分で羽をむしったうえ鍋や調味料まで運んできたのと一緒。おもむろに画帳を広げると、まじめ腐って鉛筆を走らせはじめた。  それは、いわば猥本の挿絵だ。線が書き加えられるにつれて、絡み合うふたつの裸体──男子のそれに肉付けがほどこされていく。  ちなみに巨軀がおチビちゃんにのしかかって刺し貫く、という構図だ。局部に淫らな想像力をかき立てる陰影をつけ終えると、鉛筆を浮かせてその線をなぞった。 「男同士の初夜の醍醐味は、ね。いきり立った男根をまっさらな尻の穴にぶすり。そいつに尽きるのさ」 「尻の穴に、ぶすり……?」  ハルトは鸚鵡返(おうむがえ)しに呟くと、澄まし顔と絵を交互に見た。しかし、ぜんぜんピンとこない。ただし、知ったかぶりをしてこの場を切り抜けるのが正解だった。  鴨が今度は自分で(かまど)の火を(おこ)してくれた、とばかりに暗緑色の瞳が狡猾に光るのだから。 「羊飼いなら、羊の種付けを手伝ったことくらいあるだろう? 初床(ういどこ)というのはね、従兄殿とハルちゃんによる繁殖行為の婉曲的な言い回しさ」 「えっと……つまり、おれがイスキアの尻の穴にずぶり、とか……?」 「素っ頓狂な勘違いをしてくれるねえ。逆さ、逆逆。ぶっといのをぶち込まれてアンアン啼くのはハルちゃんのほう」  親切ごかしに〝講義〟を行い、その実、よからぬ知恵を授ける行為は、いわば毒液を注入するに等しい。  曰く、尻の穴で番うにあたっては念入りに準備すべし、うがたれるときは激痛を伴うが、肉襞をこすられているうちに目くるめく快感の世界へと羽ばたく──等々。 「……だからね、常日ごろから自分の指を挿れて慣らしておくことをお勧めするね」  などと、ご丁寧にも図解を交えてほぐし方なるものに説明を加える。さらに教材を用いるように親指と人差し指で輪を作り、反対の手の人差し指をそこに通して、ずこばこ、ずこばこと出し入れした。

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