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第32話

 同日同時刻。イスキアは、ぽかぽかと暖かい窓辺にたたずんでいるにもかかわらず異様な寒気を感じた。  髪飾り風の帽子をずらしてをまさぐってみて、霧吹きで湿り気を与える。窓越しに湖を眺めやると、今しも水鳥が小魚を捕らえたさまに胴震いが走った。  ワシュリ領国一の快速艇をもってしても、ここ、領主館(本館)がある本土から小島まで小一時間はかかる。晩餐会の主賓である隣国の王族をもてなすのは領主の務めで、だがジリアンという不穏分子がうろついている別館を留守にするのは、盗賊を請じ入れる以上に危険きわまりない。  イスキアは執務室を行ったり来たり、行ったり来たりした。  悪い予感がしてならない。くれぐれもジリアンの監視を怠るな、とメイヤーに申しつけてきたのだが、抜け目がない彼奴(きゃつ)のこと。隙をついて、ハルトにおかしなちょっかいを出していないだろうな。  果たせるかな、がっつり出されている最中だ。男同士の睦み方の、その諸々ときたら驚愕の事実という生やさしい次元を通り越して、無垢な魂には強烈なうえにも強烈。衝撃度たるや地殻変動に匹敵する。  ジリアンは、さも同情しているふうに言葉を継ぐ。つくづく、からかい甲斐のある子だと思いながら。 「ハルちゃんのお尻はちっちゃいから、イチモツをえぐり込まれると血がドバーッ! かもね……顔色が悪いね、気つけ薬の代わりにキュウリをかじるかい?」 「だいじょぶ、血がドバーッ! は鎌で手を切ったときで慣れてる……」  そう放心状態で答えて、へらへら笑った。〝スパルタ式・愛のいとなみ講座〟は竜巻の威力で心を揺さぶるとともに、記憶の断片を表にめくった。  イスキアの(めい)を受けた使者が村を訪れた、ちょうど同じころ、幼なじみで兄貴分のユキマサが何やらいかがわしい振る舞いにおよんだ。じゃれ合いという枠からはみ出した、あの一件は今にして思うと貞操の危機だった……?  波が岩にぶつかって砕けた。 「安心おしよ。血みどろを前提に合体する以外にも愉しむ方法はあってね。口淫といってイチモツを銜えるのも一興さ、でも……」  思わせぶりに語尾を濁して、興味をそそる方向へ持っていく。そして幅を測るふうに、色を失ってわななきっぱなしの朱唇を指でなぞった。 「従兄殿のやつは大きくて頬張るのもひと苦労かもしれないね。それに、しゃぶっているうちにエグい雫がしみ出して嘔吐(えず)くだろうけど、濃い汁が迸るまでがんばらないとね」  どこからか飛んできた花びらが可憐に舞う傍らで、独壇場という状態はなおもつづく。言葉でいたぶるだけでは飽き足らず、口淫の実演をしてみせる(てい)で頬をへこませるあたり芸が細かい、いや、あざとい。 「まっ、何事も経験さ。せいぜい淫技を磨いて従兄殿を骨抜きにしておやりよ。夫夫(ふうふ)和合のコツと位置づけてね」  ダンゴムシか、はたまたハリネズミか。極限まで丸まった背中をぽんぽんと叩いて、どぎつい講座を締めくくった。

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