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第33話

「わー! 何も聞こえない、聞こえないったら聞こえない!」  ハルトは掌で耳をふさいだ。ところが、すかさず引きはがされたうえに二講時めの鐘が鳴った感があった。しかも耳の穴に直接、 「行為の新鮮みを保つため番い方にも工夫が必要さ。時にはハルちゃんが馬乗りになって魔羅をぐぷぐぷ迎えにいくとかね」  吹き込まれるに至っては脳みそのひと皺、ひと皺に刻みつけられるようだ。堪りかねて、ぎゅっと目をつぶったまま駆けだす。ジリアンに体当たりをかます形になって数秒後、盛大な水しぶきがあがって、湖面に人形(ひとがた)の波紋が広がった。  小舟に飛び乗ってシャカリキに漕ぐ。水路は要所要所で分岐して、右に曲がってまっすぐ行けば領主館(別館)の船着き場へ至る、というところで櫂を休めた。  いわば魔窟に戻って慰み者になり下がるのと、広大な湖のどこかで難破する覚悟で、この舟で本土をめざす。どちらがマシ? 「うー、息子を安売りしやがったあ!」  水面を父親に見立てて、櫂でばしばしと叩いた。玉の輿に乗るとは天晴れ、と一も二もなく迎えの馬車に放り込んでくれた父親は、息子がいずれオカマを掘られる──ジリアン語録より引用──宿命(さだめ)と承知の上で送り出したのだろうか。領主と縁戚関係を結んでおいて損はない、と算盤をはじいて?  小舟が流れにたゆたうに任せて、水路をもう一周してから領主館(別館)に戻った。野宿をつづけながら小島から脱出する機会を窺うにしても、マッチおよび数日分の食料ならびに毛布を用意していかなくちゃ、だ。  こっそり帰館したにもかかわらず、門番からすでに知らせがいっていた。小間使いのパミラが玄関ホールに控えていて、スカートをつまんで一礼した。  白っぽい金髪をお団子に結って、ふっくらした頬にはエクボがきざまれて、健全そのもので眩しい。えげつない話をゲップが出るほど聞かされたあとだけに、なおさら。 「おかえりなさいませ、ハルトさま。おなかは、おすきではございませんか。お茶と軽いものを、お部屋にお持ちいたしましょうか」 「……ごめん、ほっといて」  本棟から翼棟へと、よたよたと歩く。私室にたどり着いて扉を押し開けたとたん、へたり込んだ。年の離れた末弟は、ふたりの兄にとっては退屈をまぎらすのにもってこいだったりする。雪に降りこめられて友人の家に遊びにいくのも億劫な夜、兄たちは精通前のハルトをつかまえて口々に囁いた。  ──いいか、寝起きにちんちんが勃ってても、さわっちゃ駄目だぞ。  ──白いおしっこを漏らすと、ちんちんがもげるんだからな。  そう、まことしやかに畳みかけられて鵜呑みにしたのが運命の分かれ道。以来、下腹(したはら)がむずむずしたときは馬を走らせて発散するのが常だった。  それでも時折、下着がべっとり濡れた感触に驚いて飛び起きる。それは兄たち曰く「男子に特有のおねしょ」。

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