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第34話

 事程左様に誤った性教育をほどこされた結果、ハルトは十八歳になっても自慰という行為じたい未知のもの。ところがジリアンによると、しごいて精を放つのは健康な証拠で、ただし今後はイスキアにのが許婚の務め──。 「野宿に必要なものをそろえにいくのは、ちょっと休んでからにしよ……」  次の()から寝間へと這いずっていくあいだも、ねぶりっこだの吐精だの、語彙に新たに加わったおぞましい単語が、立体文字と化して部屋じゅうを飛び交うようだ。  寝台に這いあがるのもやっとというありさまで、敷布の波間にずぶずぶと沈む。お子ちゃま向けと銘打った特別講座がもたらした後遺症は、すさまじいものがあった。天蓋が二重、三重にダブって見えて、しまいには知恵熱が出た。  健康優良児の常として、ごく稀に寝込むと、余命いくばくもないという錯覚を起こす。 「ぽっくりなんて、いやだよお……」  うわ言が枕にくぐもる。うとうとしたかと思えば目を覚まし、夢とうつつの境をさまよう合間に、バカバカと自分を罵りつづけた。  上の兄夫婦には子どもがいる。村の、隣の若夫婦にも赤ちゃんができた。と、いうことは(あによめ)にしても隣のお嫁さんにしても✕✕なことをしたということだ。  このまま外堀を埋められていってイスキアに嫁ぐ羽目になったが最後、尻の穴に! はもはや既定路線……? 「うう、ぶすりは絶っ対、回避するんだあ」  と、意気込めば意気込むほど熱があがる。砦を築くように布団をひっかぶると枝つき燭台が脇腹にめり込む。それは護身具だ。  ジリアンから婚前交渉なるについても、ひとくさり説明があった──ハルトを怯えさせる目的のもと、おどろおどろしい脚色が加えられたものが。ゆえに防備を固めておいて損はないのだ。  もしもイスキアが夜這いというやつをかけてきたときは返り討ちにしてくれる。蠟燭を立てる尖った部分で、 「イチモツをざっくり、なんだからな……!」  ひと声叫んだ拍子に世界が暗転した。 〝ハルトさま、ご不快の由〟。  メイヤーからの一報を超特急便の伝書鳩がイスキアの元に届けたとき、隣国の王族をもてなす晩餐会は、今やたけなわという様相を呈していた。そのうえ、 「お父上がご逝去あそばして、後を継がれて数年。このあたりでおめでたい話が持ちあがれば貴国は弥栄(いやさか)、イスキア・シジュマバートⅩⅢ世の治世は永くつづくでしょうな」  国内外の有力者が、娘やら妹やら姪やらを入れ代わり立ち代わり引き合わせにくる。  イスキアは社交上のあれこれをソツなくこなし、その実、上の空だった。〝ご不快〟の具体的な内容が書かれていなかったせいで、悪いほう悪いほうへ想像が膨らむ。本土側の領主館に釘付けになっている間に、愛しいハルトの身にどんな(わざわい)が降りかかったというのだ?

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