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第39話

 さてハルトは、といえば。イスキアが大あわてで立ち去ってから程なく、おなかがグウグウ鳴る音で目を覚ました。 「うっ、ううん、よく寝たあ」  朝ごはんをかき込みしだい羊たちを放牧地へつれていかなくちゃ、だ。そう思いながら跳ね起きると、おなかがギュルギュル! と鳴って抗議した。  寝ぼけ(まなこ)をこすってあたりを改めて見回すと、薄絹が四方に巡らされた寝台といい、草原風の造りの部屋とは似ても似つかない。  そうだ、領主館(別館)に囚われているのだ。  寝間の四隅(しすみ)には闇が澱んでいる。夢うつつに誰かが動き回っている気配を感じたのは、あれは、 「パミラちゃんが〝お召し替えのお手伝い〟をしにきた……のとは違うっぽい」  今ひとつ定かではないが、ほの暗いなかで揺らめいた人影は、ぽっちゃり系の小間使いとは対照的に長身でがっしりしていたような。 「え……っと、確か熱が出てぶっ倒れて。でも、なんで?」  本のページを破り取られたように、その前後の記憶はアヤフヤだ。ぎくしゃくと起き直った拍子に、額からガーゼがはがれ落ちた。  キュウリ臭いこれは熱冷ましの湿布の類いとおぼしい。イスキアを筆頭に誰も彼も何かにつけてキュウリ、キュウリで、信仰の域に達していると、ちょっと呆れてしまう。 「腹時計さん、腹時計さん、教えてください。おれは何時間ぶっ通しで眠っていましたか」  ぺったんこの鳩尾(みぞおち)をさすると、ギュルルルル! と答える。翻訳すると丸一日ということだ。  と、映写機がカタカタと動きだしたように、いくつかの場景が脳裡をよぎった。メイヤーが医者? らしい白衣の男性に何かを訊ねていたり、キュウリのすりおろしを掬ったスプーンが唇に挿し込まれる場面がおぼろに浮かぶ。

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