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第40話

 代わってランプが灯されように、寝台に横たわったこちらを覗き込んでくる案じ顔が一刹那、鮮明に像を結んだ。 「イスキアのおっさんが付きっきりで看病してくれてた……うぇえ、考えたくない」  乾いた笑い声が宙を漂う。自分で着替えた憶えがないにもかかわらず、こざっぱりした恰好をしているということは、意識が朦朧としている間にが世話を焼いてくれたということ。  その誰かが現実にイスキアだったとしたら、下心というやつがあってのことなのかもしれない。  下心とは、すなわち情欲に結びつくもの。  ムカデが這いのぼってきたように夜着をつまんで肌から遠ざけたはずみに、緑がかった金髪が一本、すべり落ちた。これぞ、まさしくイスキアが寝込みを襲いにきたという動かぬ証拠。咄嗟に尻の穴をキュッとすぼめた。 「こんなとこで番えっこない。コンゼンコーショーとやらを求めてきやがってみろ、こうで、こうなんだからな」    イスキアに見立てた金髪を引きちぎって、さらに引きちぎって、吹き飛ばした。  こうしてジリアンによる〝愛のいとなみ講座〟は厄介な置き土産を残した。ハルトがイスキアに対する警戒感を強めて、ふたりっきりになるのを何がなんでも避ける、という。  当のジリアンは逆鱗に触れた(かど)で日干しの刑に処せられてはたまらないと、とっくの昔に小島を後にしていた。それから数日後のこと。(みやこ)の某所でイスキアに密やかに食指を動かす女性と酒を酌み交わしながら、 「従兄殿にちょっとした試練を与えてあげましてね。打ち克つかな、くじけちゃうかな、楽しみだなあ」  薄ら笑いを交えて、うそぶいていた。勉学にしろ武芸にしろ比較されて育った同い年の従兄は、煙ったい存在なのだ。  含むところがある相手が、あっさり初恋を実らせて「めでたし、めでたし」では面白くない。ゆえにハルトとの仲がこじれるよう、池に小石を投げ入れる真似をやってのけたのだ。せいぜい悶え苦しむがいい、うっひっひっ──と。 「さあて、僕らが野望を達成するにあたって、ハルちゃんと縁が深い人物においで願いましょうか」  ジリアンは羽ペンをインク壺に浸すと、ハルトの昔なじみに宛てて手紙を書きはじめた。くだんの女性と、共犯者の笑みを交わして。     

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