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第44話

「キュウリ組に弟子入りするとは奇特な心がけであるが、暇を持て余しているがゆえであろう。では許婚にふさわしい役目を果たすがよい。ここに参れ」 「命令されると逆らいたくなるんですけど?」 「命令ではない、頼んでいるのだ」  その偉ぶった言い種を一般的に命じるというのだ。ハルトはぼやき交じりに、のろくさとベンチに歩み寄った。そして、どきりとして飛びのいた。  春が訪れると染め替えたように草原の風景は一変する。黒ずんでなおも融け残っていた雪が消え去ったのを合図に、まだらにぬかるんだ大地が若草色に萌える。(けん)を競うように花が咲き乱れて、ヒトも虫も鳥も、ひとしなみに〝生〟を謳歌するのだ。  しかめっ面を仰ぐのに慣れっこになってきただけに、イスキアを見下ろすという構図は、枯れ野が緑したたる沃野(よくや)へと様変わりするくらい新鮮な驚きがあった。  発見もある。鋭角的な眉の線は、見る角度が変わると意外に優しい弧を描く。たいがいへの字に結ばれている口にしても、両端があがって見えるぶんだけ笑みがこぼれる寸前に感じられる。  なぜだか得した気分を味わった。その反面、ハルトはぶっきらぼうに訊いた。 「で? 『ここに参れ』で何をしろと?」 「わたしに安らぎを与えるのが、そなたの大事な務めだ。ついては膝枕を申しつける」    語尾が微かに震えた。膝枕うんぬんが断崖絶壁から飛び降りるに等しい勇気を奮い起こして放たれたものだから、当然のこと。  しかし生憎とハルトにそのへんの機微を解してほしい、と望むのは無茶ぶりがすぎる。 「つつしんでお断りします、だ」    ぷいとそっぽを向いて後ずさる。イスキアにしてみれば「下手(したて)に出たのに、すげないにも程がある」。エメラルドグリーンの瞳がやるせなげに翳り、次の瞬間、苛立たしさにぎらついた。 「拒むと申すなら、こうだ」  自分自身のへっぽこぶりに業を煮やし、さらに恋心がせめぎ合うに至ってイスキアは爆発した。スモックの裾を摑んでハルトを引き戻すと、もがいてもかまわず力ずくでベンチに座らせる。尻餅をつく形になったところにすかさず頭を載っけちゃえば、長年あこがれてきたもののひとつ膝枕の完成だ。 「重い、横暴、鬱陶しい、どけってば!」  ハルトは頭を持ちあげると、西瓜の重さを(はか)るふうに弾ませた。上の兄が新婚ほやほやだったころ、花の絨毯を(しとね)(あによめ)にイチャイチャと膝枕をねだっていた場面が脳裡をよぎると、頬が紅潮する。  キュウリ組が野次馬根性を丸出しに、打ちそろって葉叢(はむら)をかき分けたから、なおさら。

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