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第49話

 むう、っと空を仰いだ。青一色を損なう、刷毛でひと筋なぞったような黒い線は、イスキアが予言した通り嵐が襲来する前触れだろうか。  足が痺れてきたが、微睡みを破るのはためらわれる。なので蟻がむこうずねを行ったり来たりして、むず痒くてもじっとしているうちに悪戯心をくすぐられた。  見れば見るほど妙ちきりんとしか表現のしようがない。十年ぶり──ハルトのほうは初対面の感覚だったが──に再会してからこっち、イスキアは卵形の金細工に翠玉をあしらった掌大の帽子を常に頭のてっぺんに留めつけている。  無理やり剝がすと脳みそがこぼれるんじゃないか、と思えるくらい必ず。ジリアンに帽子に関する疑問をぶつけてもはぐらかされたせいで、なおさら興味をかき立てられる面があるのだ。  ハルトの予想では、帽子はずばり若ハゲ隠し。そしてイスキアがまな板の鯉と化している今、無毛地帯のあるなしを確かめる絶好の機会が巡ってきた。  ちょこっとだけ、ちょっぴり帽子をめくってみようか。もしもツルピカが「こんにちは」をしても、 「やーい、ハゲちゃびん」  などと(はや)し立てるようなガキっぽい真似はしないと誓う。一応……あくまで一応とはいえ許婚なのだから、趣味はこれこれ、好きな季節は何々、と互いのことを詳しく知る努力をするのは無駄ではないはず。では、行動開始。  逆子の赤ちゃん羊を取りあげるより慎重に、そろりそろりとピンを抜きにかかった。  イスキアは、実は狸寝入りを決め込んでいた。何しろ膝枕なのだ。くどいようだが、ひと抱えぶんの黄金の何万倍もの値打ちがある膝枕を堪能している最中に眠っていられるわけがない。  ゆえに、ごくごく薄目をあけて麦わら帽子を差しかけてくれるさまなどを、こっそり鑑賞していた。ときめきっぱなしでハアハアしてしまうのを堪えるのが、ひと苦労だ。次なる野望は膝枕で耳そうじ、と幸せ色の妄想は膨らむ一方だった。  ところが突然、頭のてっぺんのがひりひりしだした。あたかも警鐘を鳴らすように。と同時に、ピンをまさぐる指の動きに総毛立った。すかさず、手首を摑む。咄嗟にねじあげながら跳ね起きた。 「ジリアンにおかしな入れ知恵をされたのか。帽子を奪ってみよと、そそのかされたのか」 「痛っ、野蛮人、放せってば!」    イスキアは体格の差にものを言わせて上になった。死に物狂いでばたつく肢体をベンチに組み敷くにつれて、長衣が翻って禍々(まがまが)しい残像を描く。玉響(たまゆら)の幸福に酔いしれていたところに汚水を浴びせかけられたような思いを味わわされて、奥歯がぎりぎりと鳴る。  後ろめたげな表情(かお)を見下ろすにつけ、確信が強まった。腹黒い従弟のことだ。こんな科白を並べてハルトをけしかけることくらい、ちょちょいのちょいだ。

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