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第61話

 同日同時刻、ジリアンは寄食中の都の某邸宅においてクシャミをした。  ははーん、僕のことを奥ゆかしくも熱烈に恋い慕うどこかのお嬢さんが、僕の噂をしているな。などと能天気そのものの彼の向かいの席では、使に用いるため草原から呼び寄せた青年の貧乏ゆすりが止まらない。  ジリアンは、かくかくと上下する膝を物差しでつついてやりながら、ほくそ笑んだ。底抜けのお人好しのこの駒は、題して〝恨み骨髄の従兄殿をぎゃふんと言わせる〟作戦で、いい働きをしてくれるに違いない。  きたる決行の日に備えて打ち合わせを重ねるかたわら針仕事に励む。紡錘形に切り分けた大きな帆布を袋状に縫い合わせたうえで、定員三名の籠とロープをつなぎあわせる形の秘密兵器をこしらえているのだ。  秘密兵器が完成したあかつきには、デカい面した従兄殿よ、貴様は泣きべそをかく羽目に陥るのだ。ふふ、ふふ、はあっはっはっ! ゴホゴホ。    さて、こちらは入り江の背後に位置する洞窟だ。水妖に出くわしたハルトは、といえば。 「来るな、こっち来るな、あっち行け!」  そう、わめき散らしながら櫂を拾いあげ、メチャクチャに振り回していた。羊を襲いにきた狼なら猟銃をぶっ放して血祭りにあげた、ということが何度かある。とはいえ兄貴分のユキマサと組んで寝ずの番を務めたときとは事情が異なる。  異形の生き物と一対一でやり合うなんて、もちろん生まれて初めて直面する種類の試練で胴震いが止まらない。 「メイヤーさん、パミラちゃん、忠告を無視してトンズラかましてごめんなさいだけど、おっかないのとバッタリはあんまりだよお!」  生乾きの雑巾とどっこいどっこい、という臭いもさることながら水妖の見た目じたいがぞっとする代物(しろもの)だ。殊に先端が二股に分かれた舌がちろちろと閃くと、櫂が手汗ですべって仕方がない。  蛇の舌は獲物の微かな臭跡を頼りに、その居場所を嗅ぎ当てる感知器だ。水妖の舌にも同じ機能が(そな)わっているのかもしれない。ハルトは試みに背中を岩壁につけたまま、円弧を描く(てい)でずれてみた。  水妖の両の(まなこ)は古びたビー玉を眼窩にはめ込んださまを思わせて濁り、ちゃんと見えているのか怪しいものだが、ハルトが動くのに反応して頭をもたげる仕種をみせた。  その頭部は青白く、ぶよぶよしているふうで、押すと簡単にヘコむに違いない。へその線を境にして上半身の作りはヒトと似通っているものの、脚部は癒着して鱗に覆われ、しかも臑から下にあたる部分は尾びれにそっくり。  つまり水妖とは、半人半魚の生き物なのだ。

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