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第65話

 かたやハルトは、 「あっち行け、行けってば!」  の上から水妖めがけて小石を投げつけ──るのは可哀想だから、ぶつけないよう加減しながら落としていた。  ところが水妖は怯むどころか、掌に吸盤が(そな)わっているかのような身のこなしで、ぬらぬらする岩壁を這いのぼってくる。しかも、ここ一番というときに切り札を出すように例の鳴き声を放ち、ハルトを縫い留めておいて迫り寄るとは大した知能犯である。  まごまごしている間に、ぶよついて見える頭部が、ついにの傍らに並んだ。ハルトは岩壁に向き直ると、わずかなデコボコを手がかり、足がかりにして、懸垂の要領でさらに上のへと移動をはじめた。  だが魔の鳴き声の作用で、へなへなと(くずお)れる。すかさずゼリーで覆われているように、ねとねとする指が足首に巻きついてきた。そして、じゃれつくように下へ引っぱる。 「わっ、やだ、落っこちる、やだ!」  もがくと、かえって躰が宙に浮く。にたあ、と顔をゆがめた水妖はいちだんとおぞましい。悲鳴さえ凍りつき、指を振りほどきそこねているうちに、岩壁にこすれて下穿きに鉤裂きができた。ぷりぷりの双丘が、ちらちらと覗いた。  ハルトは小さな角状の出っ張りを摑んで踏みとどまった。すると水妖は悪賢い。力ずくで片足を引きずりおろすなり、ぶら下がってきた。しかも、さしずめ錘を吊り下げた状態でゼンマイを巻くふうに尾びれさながらの下肢をねじるのだから、やられるほうはたまったものじゃない。 「重ぃ……こ、仔羊より重いいいぃ」  まず左右の小指が、次いで薬指が出っ張りから剝がれた。もはや、かぶりつかれるのは時間の問題だ。  凱歌をあげるように、魔の鳴き声に意味ありげな抑揚がついた。水妖さん、後生だから振り落とされてください、と言いたげにばたついた足が、だらりと垂れ下がる。  ハルトの踊り食い、ハルトの丸かじり、ハルトの──等々。よりどりみどりという様相を呈し、そのとき砂地の向こうに人影が射した。

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