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第68話

「う~、おれたちも羊を護るために狼を()るときはあるけど……」    ハルトは髪の毛を搔きむしった。水妖を野放しにしておいたツケが、ヒト食いが跋扈(ばっこ)する形で回ってこないともかぎらない、と言われたらの音も出ない。だが甘っちょろいと鼻であしらわれても、共存する道を模索するほうが建設的に思えるのだ。  くくく、ひひひ、と嗤笑(ししょう)が突然、足下でくぐもった。ハルトは嗤っていない、イスキアは無言だ。戸惑うのをよそに、 「〝皿〟を戴く種族の(おさ)よ。帽子でうわべを飾ってヒトがましくふるまってみせても所詮、われらは同じ穴の(むじな)」  錆びついた滑車を無理やり動かしたように、しゃがれた声が発せられた。のっぺりした顔の、その口許から。 「わっ、しゃべった!」  ハルトは、ぴょんと飛びのいた。長衣がずり落ちるに任せて縦横ともにひと回り大きな躰にすがりつく。そして仁王立ちに楯になってくれる陰から、ひょこっと顔を覗かせた。 「バケモノ呼ばわりされて久しい、われらに地上の言葉を解する知能はない、と侮っているから驚くことになる。生憎と肺呼吸のコツさえ摑めば話すことくらい、たやすいこと。帽子の長よ、可愛らしい小僧に免じて退散する代わりに、ひとつ取引といこうではないか」 「笑止、戯言(たわごと)をほざくでない」  イスキアは、ばっさり切り捨てると水たまりから這い出す気配を見せる先へ銛を突き立てた。想い人に頼ってこられて男冥利に尽きるわ、素肌がぴとっ、で動悸がするわ、それでいて仏頂面を保ちつつ尾びれを軽く蹴った。  水妖が上体をひねった。そして嘲るようにイスキアを()めあげる。 「短気なことよ。国を統べる者が取引に応じる寛容さに欠けているようでは民心を掌握するのは難しい……堅苦しい話は抜きだ、率直に言って嫁を世話してほしい」 「嫁って……一緒に羊の毛を刈ったりしながらイチャイチャする、あの嫁のこと?」 「水妖に嫁いでもよい、という娘を紹介しろと申すのか。なんの魂胆があって()れるのだ」  そう凄みをきかせて鱗を一枚、剝ぐ。 「痛い、野蛮な真似はやめろ……っていうか、いわゆる水妖? な、おいらたち一族は嫁不足が深刻な問題なわけ。あとデマをばらまいたのは誰っすか。新鮮な魚を捕り放題、食い放題の湖底の村でのんびり暮らしてるのにヒトの肉をがっつくなんて、えぐい趣味はないわあ。噂が独り歩きしてマジ迷惑で勘弁してほしいっす」    恐れられる対象から、さしずめ街角にたむろして仲間とはしゃぐ若者へ。  さすがのイスキアも百八十度の変貌ぶりを目の当たりにして度肝を抜かれた様子で、銛を取り落とした。そして、おんぶする形にハルトを抱えて後ずさる。

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