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第72話

   ──そなたの身にもしものことがあれば、わたしも生きてはおらぬ。  顔を真っ赤に染めてイスキアを突きのけた。長衣を拾いあげると、木の枝や葉っぱでつづり合わせた巣に閉じこもるミノムシのように、しっかりと全身に巻きつけた。 「べっ、べたべたするの嫌いだ。今後一切さわるの禁止、チュウはもっと禁止」 「暗に接吻をねだっているように聞こえるのだが、勘違いか」  片恋こじらせ童貞三十路男にしては的を射た指摘だ──まぐれ当たりともいうが。  ヒカリゴケがあたりをほのかに照らし、幻想的な雰囲気が醸し出される。にわかに空気が張りつめ、それでいて互いの息づかいは甘やかな震えを帯びていく。  求め、求められて。磁力が働いているように自然と唇が近づき、だが重なるまぎわ、天井から雫がしたたった。  ぴちょん、と反響して魔法を解くのと同じ作用をもたらした。ハルトは飛びのきざま長衣で頭まですっぽり覆い、その反面、素直な気持ちが言葉と化してあふれ出す。 「結果的に早とちりだったけど、アネスくんがおれを襲ってるっぽい場面で身を挺して? かばってくれたとき、嫌いより好きの分量のほうが多いかもって思った。えっと……三対七くらいの割合で」 「かも、では漠然としていて幾通りもの解釈が成り立つではないか。そもそも三対七などと半端な数値をどうやって割り出したのだ」 「んー、なんとなく?」 「なんたる、いいかげんな。なんとなくの明確な根拠を述べよ」  イスキアは長衣をめくると、籠城するように縮こまっているのを覗き込んだ。かも、という曖昧な表現にすぎなくても「好き」には千鈞(せんきん)の重みがあり、それだけに幻聴が聞こえたかのごとく現実味にとぼしい。  ともあれ問い詰めるばかりが能じゃない場面で白黒をつけたがる点が、恋愛音痴の悪い癖だ。 「もういちど訊く。三対七とは具体的に何に基づいて算出した(あたい)なのだ。申してみよ」 「ねちねち、しつこい!」  頭突きが炸裂した。ハルトは、顎をさするイスキアに長衣を投げつけると、まだじっとりと湿っている自分の服を着た。ジリスの巣穴に蛇がひそんでいることがあるように〝好き〟を掘り下げていくと、どんな答えが導き出されるのか怖い気がしたのだ。つい「なんとなく」で濁した複雑な胸の(うち)を察してほしい、いい大人なんだから、ぶつぶつ。  と、カンテラの明かりが交錯するなか、複数の足音が入り乱れて近づいてきた。やがてメイヤーを先頭に重装備の一団がなだれ込んでくると、老臣はよよと泣き崩れた。

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