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第74話

 ふたり乗りの小舟はイチャイチャするには、うってつけの品のはず。なのに、お互いの距離を測りかねているような気まずい空気が流れて、会話はぶつ切れになる。せせらぎが、やけに騒々しく響く。  ハルトの櫂さばきは、めきめき上達した。なのに今夜にかぎって水面(みなも)をやたらと叩くわ、逆に沈めすぎて流れに持っていかれそうになるわと、さっぱりだ。  けなされしだい言い返してやるつもりで(こうべ)をめぐらせた。そして目を奪われた。イスキアは船尾側の横板にゆったりと腰かけ、緑がかった金髪が夜風にそよぐに任せている。妙ちきりんな髪飾り風の帽子が艶消しだが、月光を浴びた涼やかなたたずまいは理屈抜きに素敵だ。  素敵だって? 月明かりと満天の星の合わせ技は演出効果満点で、実際以上に男前に見えるだけ。ハルトは自分にそう言い聞かせたものの、櫂の片側は水中に没し、片側は宙に浮かんだ状態で止まる。  今いちど肩越しに振り返ると、イスキアはやはり内側から光を放っているように眩しい。  領主として辣腕をふるい、容姿のほうもずば抜けているとくれば、憧れの的に決まっている。一羊飼いにとって、高嶺の花から求婚されるのは名誉な話で、本来は手放しで喜ぶものなのかもしれない。  おれのことをちゃんと慈しんでくれているからこそ、嵐を衝いて駆けつけてくれるなんて無謀な真似ができたに違いない。そなたと呼ばれるのは、小島にきて最初のころは、侮られているように感じて大嫌いだった。ひるがえって、近ごろは不器用さの現れのような気がする。  この男性(ひと)と添い遂げるのは、だったりする……?   とくとく、と心臓が走りだす。嫁ぐのも満更じゃないかもと、などと、あらぬことを口走りかけた瞬間、魚が跳ねた。ある意味、催眠術が解けるなり、ハルトは櫂を水面に突き入れた。〝許婚〟と呼ばれつづけているうちに暗示にかかるほど単純にできていないのだ。時折、狂おしいものを覗かせる眼差しが肌を()くからといって、魅了されたりするものか。 「さっきから何をそわそわしている。まったく片時もじっとしておらぬ」 「どうせ、おれはガサツですよおだ」 「ひがむでない。そなたの持ち味は元気がよくて、かわい……」  イスキアは咳払いで語尾を濁すと、自分の隣に顎をしゃくった。 「こちらへ来なさい……いや、おいで」    ハルトはあっかんべと、やり返した。だがチュニックの袖にそっと触れてこられると、ここで強情を張るのは肉質のよい羊を二束三文で売り飛ばすくらい馬鹿らしく思える。  しぶしぶという(てい)で場所を移り、並んで座る。肌寒いから手っ取り早く温まるためにくっついただけで、それ以上でも以下でもない。ないったら、ない。

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