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第75話

「こうして、そなたと同じ風景を眺めて思い出を作り、ふたりの歴史とやらが厚みを増してゆくのは喜ばしいことである」  まじめ腐って囁かれると、キザ、と笑い飛ばすより先に頬が紅潮する。柄にもなく、はにかんでうつむくと(おとがい)を優しく掬われた。  反射的に船べりぎりぎりまでずれると、抱きくるまれる形に引き戻された。エメラルドグリーンの瞳には魔力が宿っているようで、見つめられるとドキドキして止まらない。  チュウされる予感がいちだんと高まって、鼓動が早鐘を打つ。顎に添えられた指くらい、むしり取るのはたやすい。なのにハルトは魅入られたように硬直した。厚かましくもチュウしてきたときは唇に嚙みついて返す、それとも喜んで応えようか……。  仏頂面が視界いっぱいに広がった。来る、と拳を固める反面、さわると葉をたたむオジギソウのようだ。自然と瞼が閉じていき、その直後、 「長雨に強いキュウリを作りだすべく改良を重ねている最中である」  無粋な科白にずっこけた。ずっこけついでに前方の板に戻って、ぷんすかぷんすか毒づく。 「野暮天の、スカポンタンの、人をがっかりさせるのが得意なトンチキ野郎。こいつでも食らえ」  デコピンをおみまいする気満々で、ところが何をトチ狂ったのか唇に唇をぶつけていった。しかも微妙に狙いが逸れたのが気に入らなくて、今度は唇の重なりぐあいにこだわってやり直した。  二回目もしくじった気がして三度(みたび)、唇を味わいにいきかけたところで我に返った。おれ、何をやらかしたんだ? ハレンチなことにチュウを仕かけていくなんて、理性が吹き飛ぶ成分が含まれたキュウリでも食べたのかしらん?  イスキアはイスキアで、疑問符の塊と化したような状態に陥っていた。くちづけられた、と思ったのは勘違いにすぎないと自分を戒め、だが〝皿〟が発火したように熱を持っているのは、なぜだ?  要するに棚ぼたの牡丹餅にあたるものが巨大すぎて現実味にとぼしい。後ろめたげに逸らされる視線を捉えても、まだ確信が持てない。  あの、ぷっくりとして紅珊瑚のように艶やかな唇が、本当に接吻泥棒を働いたのだろうか……?

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