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溺愛道の教え、その7 想い人を不安にさせる勿れ

    溺愛道の教え、その7 想い人を不安にさせる勿れ  ぐるぐる、ぐるぐる螺旋階段をのぼりつめて物見の塔のてっぺんに立つ。島中でもっとも高いそこからは、小島の全景および湖を一望におさめる。  しかも手すりの陰にうずくまってしまえば地上からは見つかりっこない、という利点がある。ハルトは石柱を並べたような形の手すりの隙間から、こっそり眼下の様子を窺った。 「ハルトさま、どちらにおいでです」 「ハルトさまあ、キュウリのマフィンが焼けましたよ、お茶になさいませんか」  メイヤーとパミラが中庭を行ったり来たりしながら呼びかけてくる。うっかり返事をしばかりに「見いつけた」となったら大笑いだ。なので口を真一文字に結んで、しゃがんだ。  べつに侍従長と小間使いを相手に、かくれんぼをしているわけではない。採寸すると言われて逃げてきたのだ。  と、いうのもワシュリ領国でいちばん腕利きの仕立て屋が、白絹ならびに蜘蛛の巣のごとく繊細なレースの山を抱えて領主館(別館)にやって来た。花婿……ハルトがまとう場合は花嫁衣装と呼ぶのが正しいのか。とにかく履いたが最後、金輪際脱げない赤い靴など比じゃない恐ろしいものを仕立てると(のたま)うのだ。来たるお輿入れの日に備えて! 「(めと)られるなんて絶対お断りだし……」  もはや悪あがきの部類に入るかもしれない。深いため息が砂埃を吹き散らした。  おまえは領主さまの許婚。悪い冗談以外の何ものでもないことを告げられて、否応なしに小島につれてこられて早、二ヶ月。ふて腐れる時期を過ぎて、ここでの暮らしにすっかり馴染んだ。  午前中は農園を任されているキュウリ組に混じって、何万株にもおよぶキュウリの世話をする。汗ばむ陽気の午後は、湖底から遊びにきたアネスに泳ぎ方を教わる。だが特訓に特訓を重ねても、なぜだかブクブクと沈む。水の神にからかわれているようなありさまでは、カナヅチを卒業するのはいつになることやら。  ともあれ毎日が充実していると言えなくもない反面、新たな悩みが生まれた。  イスキアが領主館(別館)で過ごす夜は、彼を送り迎えする快速艇が帆に風をはらんで小島にするすると近づいてくると、心臓が踊り狂いだす。それどころかウサギさながらのすばしっこさで私室に逃げ込む癖がついてしまった。  領主の帰館を告げる鐘の()が、茜雲が棚引く空に響き渡って、それからわざとゆっくり千、数えたうえで迎えに出る。  だって心の準備をしてからじゃなきゃ、イスキアと会うのは難しい。

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