81 / 143

第81話

   思いがけず幼なじみに会えてうれしい、と感じるより身構えてしまう。品定めするような視線にねっとりとさらされると、久しぶりだねキャアキャアなどとはしゃぐどころか、今すぐ熱気球から飛び降りたい。 「ひゃあ、都風(みやこふう)の洋服が似合って、すっかり垢抜けちまって。そうだ、これ土産な。おまえの大好物」  (ふところ)にねじ込まれた布袋の中身は干し芋だ。もっとも〝ハルトの大好物〟は思い違いで、むしろ苦手な部類に入るあたり、ユキマサは残念な男である。 「僕らが仲よく登場したのが不思議でしょうがないって顔つきだね。を遂げるにあたって利害が一致してさ、それでユキマサ氏に遠路はるばる草原からおいで願ったわけ。旧交を温めながら、しばし僕らと空の散歩を楽しみたまえよ」  ジリアンはにこやかにそう言うと、ツムジにちょこんと載っけた小型版のベレー帽をひと撫でした。朗らかな笑顔とをは裏腹、暗緑色の瞳が邪悪な光を放つ。 「……怪しい、グルっぽくてすごく怪しい。玄関から『こんにちは』って訪ねてこないで誘拐するみたいな真似して、陰謀の匂いがぷんぷんする」  ハルトは下肥(しもごえ)の臭いが漂ってきた、と言いたげに鼻をつまんだ。グルの二音にユキマサがわかりやすく動揺して、熱気球仕様のふいごを踏み違えたことも相まって不吉な予感しかしない。  ゴンドラから身を乗り出してみると、湖面までせいぜい数メートルといったところで、飛び込んでも濡れ(ねずみ)になる程度ですむだろう。ただしカナヅチの場合は、あの世への片道切符がもれなくついてくるが。  祈りを捧げる形に両手を組み合わせて、イスキア、と強く念じる。一生のお願い、許婚の絆を道しるべに熱気球の行方を追跡して!  〝皿〟が何かに共鳴した。イスキアは甲板のぐるりを見回して苦笑を浮かべた。快速艇に乗って湖上にあるときでさえハルトが話しかけてきた錯覚に陥るとは、恋わずらいは末期症状の、さらに、その先をいく勢いだ。  手すりにもたれて思い巡らす。宇宙の神秘の何万倍もハルトの気持ちは不思議に満ちている、と思う。  舟遊びに興じた先夜、接吻に応じてくれたからには忌み嫌われているわけではない……はず。だが、ここのところ露骨に避けられているふしがあるのも、また確かだ。  ふたりの関係が進展したかと思えば後戻りすることの繰り返しで、あといくつの山を越せば、べったべたに溺愛するという悲願を達成できるのだ?  行く手に島影がぽつりと現れた。丸一日ぶりにハルトの元にたどり着くまでもう少しの我慢だ。そう自分をなだめるにつれて詩才が花開くようだ。  恋とは活火山が心の中にそびえているも同然、ひとたび噴火すれば我が身を焼き滅ぼす──イスキア・シジュマバートⅩⅢ世談。

ともだちにシェアしよう!