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第84話

  「きっと」、「信じている」、にもまして魂の底から迸ったかのごとき熱情にあふれた「イスキア」。  順番に反芻するにしたがって〝皿〟が薔薇色に染まるにとどまらず、愛という雫でしっぽりと濡れる気がしたが、ぽややんとなっている暇はない。  イスキアは舳先(へさき)にすっくと立って、腕をひと振りした。 「面舵いっぱい、あの気球を追え、追うのだ」  快速艇が針路を転じるのにもたついているのを尻目に、熱気球は風を捕まえてぐんぐん距離を稼ぐ。その光景は、警官隊をまんまと出し抜いて意気揚々とアジトに引きあげる怪盗一味さながらだ。  ジリアンがバルブという装置をてきぱきと調整し、それから思いきり噴き出した。 「いやあ、傑作だったらないねえ! 遠目でもスカした従兄殿が焦りまくるところを拝めて愉快、痛快」 「おれ、人質みたく扱われてちっとも楽しくない。だいたい、なんでイスキアに意地悪するの」 「人質とは心外だね、は、さておいて。積もり積もった恨みがあるのさ、根深いのが」 「恨みって……とっておきのキュウリを食べられちゃったとか?」  と、カマをかけても鼻歌ではぐらかされる。熱気球の燃料は熱した空気だ。ハルトはほっぺたを膨らませると、特殊なを踏むユキマサに詰め寄った。 「何がどうなってジリアンさんの子分になり下がったわけ? 羊たちをほったらかしで、ほけほけ遊び歩いてちゃダメじゃないか。村に帰ったら、おれの親父……村長(むらおさ)にぶっ飛ばされても知らないからね」 「花嫁修業にかこつけて、おまえがこき使われてるって手紙をもらったんだ、この人から。で、きみの出番だ、奴隷生活から救い出しついでに駆け落ちするといいって、都までの旅費も用立ててくれたんだ。それと……」    ポンチョの房飾りをもじもじと()り合わせながら、つづける。 「おまえの〝初めて〟は俺がもらうとガキのころから決めてたんだ。領主がなんぼのもんじゃい、横取りしやがってズルいだろうが、だから奪い返しにきた」 「つまり幼なじみくんはハルちゃんのお尻の穴にデカマラをぶち込んで、ひぃひぃ言わせたい、子種まみれにしたい──と。青春だねえ、若いって素晴らしいなあ(アホの塊だねケケケ)」  愛らしい顔は激昂するあまり、いかつい顔は照れ臭げに、負けず劣らず真紅に染まった。ハルトは今度はジリアンに詰め寄ると、ちょうちん袖の胴衣の胸倉を摑んだ。そしてボタンが弾け飛ぶ力で揺さぶった。

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