85 / 143

第85話

「メイヤーさんとパミラちゃんは親身に、イスキアは独特のやり方で優しくしてくれる。おれが虐げられてるみたいな大嘘ついてユキマサを呼びつけて、こいつの、村での信用はがた落ちじゃないか!」 「落ち、落ち、落ちる……っ! 落ち着きたまえ、場所柄をわきまえたまえ!」  くやしいかな、一理ある。取っ組み合いの喧嘩となったあげく、三人そろって湖にどぼんなんて洒落にならない。  いつしか湖上を(はし)る船の数が増えて、ゆるやかな弧を描く本土側の湖が前方に現れた。やがて都の上空に差しかかると、子どもたちが物珍しさから熱気球をこぞって追いかけてくる。  いわば軟禁状態に置かれているとはいえ、ハルトは眼下の光景に魅了された。ここが近隣諸国の中でもっとも栄えている、というワシュリ領国の首都。放牧地に勢ぞろいした羊の数より大勢の人と馬車が通りを行き交い、なんて活気にあふれているんだろう!   あちらには織物、こちらには金物を陳列した商店。広場には屋台がぎっしりと並び、色とりどりの(のぼり)がはためくさまは花畑が広がっているようだ。煙突の煤払い屋が、屋根の上から柄の長いブラシを振ってよこした──。  ハルトはぶんぶんと手を振り返しながら、思った。イスキアとつれ立って街じゅうの店を覗いて回るのは、きっと楽しい。そぞろ歩きをしてみたいと、ねだってみたら二つ返事でつき合ってくれるだろうか。 「あれ、おっかしいな……」  首を右にかしげ、左にかしげた。✕✕をするのにイスキアとふたりで、が前提である必要がどこにあるのだろう。  イスキア曰く十年ぶりに再会を果たした最初のころは、草原の中でその一角だけ荒れ果てているように目障りだった相手が、だんだん自分の中で重要な地位を占めつつある証拠なのかもしれない。  喩えるならそれは、夜が明けても表が静まり返っているのを不思議に思って窓を開けると、しんしんと雪が降り積もっていたかのごとく静かな変わりようだ。  ハルトは湖を振り返ると、波のまにまに快速艇の姿を捜した。つれ去られる決定的瞬間を目撃したからには、イスキアはさぞかしやきもきしているはず。  そうと誓ってくれたとおり迎えにきてくれたあかつきには、熱烈なチュウで「ありがとう」を伝える。黒山の人だかりの中でも、絶対に。

ともだちにシェアしよう!