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第87話
おそろいの品は、すごおく仲よしの印。そう思ったとたんムカムカしだして、ハルトは鳩尾 をさすった。変なの、故郷の村を発って小島へ向かう三日三晩、馬車に揺られどおしの旅はへっちゃらだったのに、熱気球には酔う体質だったのかしらん?
くだんの美女は、かかとの高い靴で気球を踏みにじった。
「ジリアン、あなたが秘密兵器とうそぶいて作らせたのが、この薄汚い袋なのかしら。お笑い種ね、紙くずのほうがマシだわよ」
「これはこれはエレノア嬢、御自 ら出迎えてくださるとは恐悦至極。これ、このとおり、ご要望の仔犬を捕獲してまいりました」
「遅かったこと、待ちくたびれてよ」
「なかなか仔犬がうろうろしないため、いささか予定が狂いましてね。お許しを」
ジリアンは、エレノアの足下に恭しくひざまずいてみせた。
仔犬は暗号の一種で、大のおとなのくせしてスパイごっこでも始めたのだろうか。ハルトは芝居がかったやり取りを小声で皮肉った。例の金細工が挑発的にきらめくと一段とムカムカして、くるりと背を向けた。
「えっと……ジリアンさん? 面白いものに乗せてくれて、ありがと。おれ、島に帰るし、ユキマサも村に帰りなよ、元気でね」
「行き先は島でも村でもない、愛の逃避行に、いざ出発ーっ!」
「おれは人夫 (仮)なの、ふざけるな、離せ!」
なかば羽交い絞めにするふうに抱きつかれ、ジタバタしているところをジリアンが咳払いで遮った。
「紹介しよう。こちらの臈長 けた御方は、宰相の任にあたるハース氏の愛娘にして才媛の誉れ高いエレノア嬢」
小型版のベレー帽に触れてひと呼吸おくと、ファンファーレを奏でるふうに声を張った。
「我が親愛なる従兄殿、イスキアの元恋人だ」
愛らしくも凛々しい顔が覿面に蒼ざめた。ジリアンは期待を上回る効果をあげたという手ごたえを感じて、ほくそ笑んだ。別に嘘はついていない。正しくは元恋人というのはエレノアがそう自称しているにすぎない、と言い添えるべきなのをわざと省略しただけ。
つい茶目っ気を出してしまった、と澄まし返るジリアンの狙いは、こうだ。イスキアとハルトの間に溝ができるよう仕向けて、破局を迎える道筋へと誘導する。
さしあたって嫉妬という毒花の種を播 いてあげた。こいつは芽吹いたが最後、刈り取っても刈り取ってもはびこる厄介な代物 で、いずれ心を食い荒らす。目論見通りに事が運んだ結果、憎ったらしい従兄が許婚に捨てられたら万々歳。〝皿〟が干上がるほど悲嘆にくれるさまを肴に祝杯をあげてやる。
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