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第88話

 エレノアが道ばたの石ころに向けるような、冷ややかな一瞥をハルトにくれた。 「ちんちくりんな子ね。貧相な胸だこと」 「おれ、男だもん。おっぱいなんかあっても邪魔になるだけだし」 「お尻も薄っぺらくて。発育不全の身でイスキアさまの(しとね)(はべ)る資格があるのかしら、なくってよ」  褥に侍る。ハルトは鸚鵡返(おうむがえ)しに呟くとキュウリのアーチをぼんやりと眺め、それから唾にむせて咳き込んだ。暗に匂わされたものが、どういう行為を意味しているのか、ようやく理解できたのだ。  誇らしげに輝く、イスキアのそれとそっくりな髪飾り風の帽子に視線が吸い寄せられる。、であろうがなかろうが、恋人と名乗るからにはチュウはしたに違いない。あるいは子づくり的なことだって……。  紗幕越しに、いかがわしい場面を見るよう強いられたみたいな嫌な汗がにじむ。さらに膝ががくがくしだすわ、おなかがしくしくしだすわ、初めて襲われた種類の不安に苛まれるわ。やっぱり熱気球に酔ったのが影響している可能性、大だ。  ハルトは試しにチュニックの胸元を撫で下ろした。当然のことながら巨乳どころか、ぺったんこだ。もしもコンゼンコーショーに至った場合イスキアががっかりするかも。ちらとでもそう考えたことじたい、かの毒花の種は爆ぜる寸前まできている。 「安心しろ。乳のデカさで価値が決まるのは牛で、可愛らしさではおまえが勝ってる」    放牧地に散らばった羊を呼び集める生活で鍛えられて、地声が大きい。耳打ち程度でもよく響き、エレノアがユキマサをぎろりと睨んだ。  するとジリアンは猛獣使いよろしく鞭になぞらえた縄をしならせて、険悪な空気を吹き飛ばした。それから殊更哀れっぽくせがんだ。 「立ち話もなんです。忠実なる(しもべ)に茶の一杯なりと振る舞ってはもらえませんか」 「そうだわね、そちらのふたりも、もてなしてあげてよ」  カーテンはおろか振り子時計に至るまで、金ぴかの部屋につれていかれた。毛足の長い絨毯につまずいて、というよりハルトは崩れ落ちるように安楽椅子に腰かけた。ちょこん、と。  ユキマサがそれの肘かけに陣取って、本人的にはひそひそと、実際にはガアガアわめく。 「俺の勘が当たった。許婚がどうのこうのは胡散臭いと思っていたら案の定かよ。仮にもおまえというものがありながら、ここんチのケバいねえちゃんにもちょっかい出して、領主ってのはウハウハの酒池肉林野郎なんだな。ハルト、もてあそばれて可哀想にな。俺の愛で傷心を癒やしてやるから、さあ駆け落ちするぞ」 「黙れ、イスキアはまじめな人だ」 「おやおや従兄殿を盲信するとは、なついたものだね。断言する根拠はなんだい」    キュウリを醸した酒がグラスに()ぎ分けられた。ジリアンが真っ先にグラスを手に取り、答えを促すようにそれを掲げた。

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