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第89話

「態度とか、あとはチ……」  ……ュウするときの微妙にぎこちない感じに加えて、真摯なものが伝わってくるあたりに誠実な人柄が現れている。などと馬鹿正直に答えしだいジリアンのことだ。からかいたおすに決まっている。  ハルトはぷいと窓辺に行き、すると、なぜだが涙腺がゆるんだ。快速艇はそろそろ港に入ったころだろうか。熱気球の目撃情報を集めて、(ふるい)にかけて、つれ去られた先はどこそこ、と割り出してくれただろうか。  イスキアを乗せた馬車が、今しも土煙をあげて門をくぐるところかもしれない。庭園と、その向こうを隔てる木立へ(こいねが)う眼差しを向ける。ところがポンチョをはためかせてドタドタと近づいてくるさまが窓ガラスに映し出されて、そのうえ、 「ほら行くぞ、愛の新天地めざして出発だ」  しつこさに、うんざりする。おにごっこで鬼に捕まるまぎわ、するりと身をかわす要領で巨軀の傍らをすり抜ける。暖炉のそばに移動すると、ジリアンが大げさに嘆いてみせた。 「ちゃらんぽらんな男──すなわち僕がうろちょろしているとハルちゃんの情操教育上よろしくない云々、との理由で領主館(別館)に出入りするのを禁じられてしまってね。エレノア嬢はエレノア嬢で従兄殿につれなくされた腹いせに、きみで遊びたいとの仰せだ。要するに持ちつ持たれつの関係なのさ」 「ぽっと出の分際でイスキアさまの寵愛を受けて。生意気な仔犬は躾けなおして差しあげなくては、だわよ。ならば仔犬をおびき出すのは僕にお任せと大見得を切ったわりに、ジリアン、あなたときたら熱気球の操縦に熟達してからだの、なんだのと、もったいをつけるのが上手だこと」    エレノアは、そう嫌みったらしく言うと壁紙の模様にまぎれるよう細工をほどこした鎖を引っぱった。程なく天井裏で滑車が回る音がくぐもり、なんらかの装置が稼働しはじめたとおぼしい。数十秒後、炉棚のちょうど真上にあたる位置の天井がパカッと開いた。  満を持して、という(てい)でそれが登場した。  ゆるやかな弧を描く形に曲げた鉄の棒を等間隔に配し、()ぎ合わせて、スケスケの鐘とでも名づけたいものが下りてきたのだ。  他方、巨大な鳥かごめいた、その物体に底はない。なぜなら、ハルトを生け捕りにする目的のもとに仕かけてあった特注品。しっかり、ばっちり囚われてしまい、高笑いが駆動音の残響をかき消した。

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