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第90話
「ほーほっほ、みすぼらしい仔犬には分不相応に立派な小屋だわね。せいぜい身の程をわきまえて、しおらしくなさいな」
「ハルちゃん、きみの役どころは従兄殿をおびき寄せる囮 。餌は撒いた、あとは、のんびり待つだけさ」
キュウリ酒を飲 りながらの科白を聞いて、ユキマサがすさまじい形相でジリアンに迫る。
「おい、騙したのか。あんたらに協力する見返りに駆け落ちの費用を出してくれるっていう条件で話に乗ったんだぞ」
「嘘も方便。約束とは破るためにあるのだよ」
しゃあしゃあとうそぶいて、くすんだ色合いの金髪をかきあげる。呼び鈴に応えて屈強な召使が数人、どやどやとやって来て、ユキマサを部屋の外へ引きずっていった。
「おれは友釣りに使う鮎じゃない、出せっ!」
ハルトは鉄の棒を摑んで、がたがたと揺さぶった。もっとも結託して謀 をめぐらせたふたりは、悠然とカード遊びをはじめたが。
「わかった、自力で脱出してやる」
黒い瞳に怒りをたぎらせて腕まくりをした。細っこくても力自慢が火花を散らす干し草の大束運び競争で毎回、優勝争いを演じてきた実力を見せてやる。
早速〝鳥かご〟を持ちあげようとしたものの、駄目だ。びくともしない。かくなるうえは、と鉄の棒を二本、握りしめるとありったけの力を振りしぼって左右に引っぱった。棒をねじ曲げて頭が通るまで広げれば、くぐり抜けられるはず。
「ぬ、ぬぬぬぬぬぬ……ううっ!」
「あんよは上手、がんばれー」
ジリアンが手拍子を交えて茶化すと、
「あなた、画家の端くれだわよね。画布と絵の具を持ってこさせるわ、仔犬の奮闘ぶりを題材に絵筆を走らせるのも一興じゃなくて?」
エレノアがことさら優雅な手つきでカードを切った。魔女が檻に閉じ込めた妖精に舞を舞わせる、という絵柄のジョーカーを。
ランプが〝鳥かご〟のぐるりに並べられて灯 りが灯 ると、なごやかな雰囲気が醸し出されるどころか、禍々 しい影が幾重にも交錯する。
ハルトは鉄の棒に体当たりをかまし、頭突きをかまして吼えた。
「イスキアあ! 熱烈なチュウが待ってる、さっさと来やがれ!」
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