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溺愛道の教え、その8 想い人に恋の奴隷と打ち明けよ

    溺愛道の教え、その8 想い人に恋の奴隷と打ち明けよ  鉄板が大地に激突したような衝撃を感じて〝皿〟がびりびりと震えた。イスキアは勢いよく立ちあがり、椅子が倒れた。  そこは港に停泊中の、快速艇の船室に設けた司令室。机の上には(みやこ)の地図が広げられていて、印をつけた箇所がいくつかある。  急ぎ目撃情報をつのった結果、裏づけが取れた場所を示すものが。  イスキアは羽根ペンを摑んだ。苛々と羽根をむしり、軸をへし折る。点と点を結んだうえで総合して考えると、ハルトがさらわれていった先は十中八九、宰相ハースの屋敷。 「()せぬ、納得がいかぬ……」  その忠誠心は間違いなく本物と信じるに足る宰相が、ジリアンに加担する理由など見当もつかない。領主の許婚を拉致するという大罪を犯した代償は、よくて財産没収のうえ国外追放。いや、鞭打ちの刑に処せられても文句は言えない。  風にあたろうと甲板に出た。火入れ屋が宵闇が迫る街路樹を行きつ戻りつしてガス灯を(とも)して回る。港のそばの公園は夜ともなれば恋人たちが占領し、折りしもそのうちの一組のシルエットがぼんやりと浮かびあがった。 「羨ましい、べったりくっついてそぞろ歩くとは、羨ましい……」  ため息交じりに独りごち、ハルトに見立てたマントをかき合わせた。ぎゅうぎゅうと抱き寄せる場面を思い描くにつれて、皺くちゃになっていく。  わたしの望みは初恋の人と結ばれ、且つでろんでろんに愛して仲睦まじく暮らしていきたいだけだ。夢を夢で終わらせないため溺愛道を習得するよう努めてきた甲斐あって、婚礼の儀の日どりを正式に決定するまであと一歩……というのは希望的観測にしても、あと数歩のところまでこぎ着けた。  ところが従弟という名の天敵が妨害してくれる。幼いころはジリくん、イッちゃん、と呼び合っていた仲がいつしかこじれにこじれて、今や確執は深まるばかりだ。熱気球のゴンドラ越しに嘲弄してきたさまを思い出すと、めらめらと怒りの炎があがり、 「いかん、いかん。〝皿〟に潤いを与えるのを、ころっと忘れるところであった」  髪飾り風の帽子をずらしたところに従僕が小走りでやって来た。そのため霧吹きでシュッとしそこねた。 「イスキアさま、馬の用意が整いましてございます」  イスキアは鷹揚にうなずいて返した。そして決然とした足取りで港に降り立つ。固く約束したとおりハルトを迎えにいくとともに、二度とふざけた真似をしでかさぬよう、従弟をきつーーーーーーーーっく懲らしめてやる。

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