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第95話

「うわ、後光が射してるっぽい……」  その、たくましい姿がランプの灯りに照らし出されるから、とカラクリはそうでも、内側から光を放っているように眩しい。  計器の針が振り切れて測定不能に陥るまでに、ときめき指数はうなぎのぼりだ。ハルトは名状しがたい気恥ずかしさを覚え、わざとぶっきらぼうに答えた。 「おれ、ここ。暖炉のそば」 「承知した、今、そちらへ行く」  溺愛道は説く。〈想い人が危難にさらされているときに一命を(なげうつ)つ覚悟を持つ者が愛の勝者となる〉。  イスキアはその一文に、それはそれは感銘を受けた。万一、ハルトの身に危険が迫ったさいは(おの)が命を()してみせる、と固く心に誓った。それゆえ嵐の夜にハルトが洞窟で水妖に襲われているところに行き合わせた折には、今こそ愛の真価を発揮するのだ、と張り切ったのだ。空回りに終わった感があるのが残念だが。  今度こそ〝白馬に乗った騎士〟の役どころを完璧にこなしてみせる、と期して乗り込んできた状況下において、理想とする展開はこうだ。  ハルトがぴたっと抱きついてくる、ひしと抱きしめて返す、自然と唇が重なり、天井裏を走るネズミの足音さえ祝婚歌と化す。そなたを愛している、おれだって、だもん……。  睦言が唇のあわいをたゆたうにしたがって〝皿〟は黄金色(こがねいろ)耀(かがよ)うことだろう。  だが、様子がおかしい。それにイスキアは、がっかりした。抱擁からくちづけへと事が運ぶどころか、ちんまりしたシルエットはひとつところに留まったきりだ。  暖炉の一角に限って光の(たま)が鎮座しているように明るいせいで気づくのが遅れた。その場所を占めているものは鳥かごもどきの檻で、そこに囚われているのは……!  エメラルドグリーンの瞳が剣呑にぎらつく。イスキアは射殺すかのごとく鋭い視線を飾り棚の陰、テーブルの下へと走らせた。  すたこらさっさと薄闇にまぎれて逃げていくジリアンを追いかけ、投網を打つようにマントをかぶせる。そして、ことさら押し殺した声で凄んだ。 「弁解の余地はあるまい、ひざまずいて帽子を外すがよい。カラカラ地獄の刑に処す」 「怒らない、怒らない。それにしてもハルちゃんのためならエンヤコラとは、従兄殿がこうも情熱家だったとはね、敬服するよ」 「この期に及んで舌先三寸でわたしを丸め込もうとする態度、なお赦しがたい」  くすんだ色合いの金髪をぶちぶちと引きちぎりながら小型版のベレー帽を薙ぎ払った。怒りの鉄拳が〝皿〟の上で炸裂しようとしたせつな、 「あのさ、とりあえずここから出してほしいんだけど」  ハルトが鉄の棒にかじりついて急かしてくる。イスキアはハッと我に返るともにあたりを見回し、装飾用の甲冑に添えられた槍を引っ摑んだ。

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