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第102話
「媚、売りまくりでみっともないったら。イスキアはおれのなの、割り込むな」
「ああら、その科白そっくりそのままお返ししてよ。世継ぎをもうけるのは、どだい無理な身とわきまえてイスキアさまの前から消え去るのが賢明と忠告して差しあげるわ」
「あっ、赤ん坊は産めないけどキュウリを育てるのは上手だもん」
と、いった調子でやり合っている間じゅう、優勝賞品に相当するかのごときイスキアは、といえば。別の時空をさまよっているような精神状態にあった。
「〝皿〟を見られた、幻滅された、もはやこれまで。『イスキアはおれの』──ふっ、浅ましい幻聴が聞こえるとは愚かな」
かたやジリアンは鼻歌交じりに画帳を開く。さらさらと木炭を走らせると、描きあげた絵をハルトの眼前に翳した。
「『わたしの一族は実は……』のつづきが、この生き物さ。言うなれば芍薬と牡丹、椿と山茶花みたいに水妖族とひとくくりにしてもいいくらい親 しい関係にある、こいつの名は河童。いわば帽子族の僕らにとっちゃ祖先なのさ」
平べったい嘴 状に口許がせり出し、ぎょろりとした目はヤモリのそれのように離れ気味。びらびらに縁取られた〝皿〟を頭に戴き、甲羅を背負って手足の指の間には水かきがある。それからキュウリの束を腰からぶら下げている。
ハルトはしげしげと絵を眺めたすえに、こう思った。奇妙奇天烈な生き物が存在したとまことしやかに語って、その造形に精緻な肉付けをほどこして、ジリアンさんは想像力が豊かだなあ──と。
「少なからぬ数の都 の住民が高貴なる河童の末裔だということを、よそ者には妄 りに明かす勿れ。掟も同然の共通認識ですわよ、ペラペラしゃべるなんて気でもちがったのかしら」
エレノアが柳眉を逆立てて画帳を奪い取るのに先んじて、
「ぼけっとして即興劇の類いとでも思っているのかな? では証拠をお目にかけよう」
ジリアンはそれを〝鳥かご〟にすべり込ませた。次いでシャツの裾をたくしあげる。
「要約するとだね、領主の家系を筆頭に我ら帽子族はみんな河童の子孫なのさ。僕や従兄殿をはじめエレノア嬢も、領主館(別館)をあずかるメイヤーもパミラも、濃い薄いの差はあっても河童の血を引いている。ほら、この痣は退化した甲羅の名残」
尾骶骨の上あたりを中心に皮膚がこころもち隆起して、なおかつ亀甲形に青ずんでいる。
その部分をくり貫いた布をかぶせたうえで「これ、なあんだ」と訊かれても、せいぜい甲羅を象 った刺青を思いつく程度だろう。本物の甲羅云々と力説されても作り話と笑い飛ばすのが大方の反応に違いない。
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