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第103話

 祖先、と呟いてハルトは首を右にかしげた。河童と、もういちど呟いて首を左にかしげた。合点がいく、いかないという以前に、脳が理解するのを拒む。だって今の今まで、ヒトは一種類だと信じて疑わなかった。イスキアと自分は細かく分類すると似て非なる生き物だなんて、夢にも思わなかった。 「ウタイ湖に面した(みやこ)、ウタイ湖の真ん中に浮かぶ小島は、生死を左右する弱点を持つ僕ら帽子族にとって理想的な環境なのさ。〝皿〟は第二の心臓と呼ばれるくらい重要な器官で、乾いてきたな、ってときは手っ取り早く湖に飛び込むわけ。でなきゃ、こうして……」  と、手品の種を明かすように小型版のベレー帽をずらし〝皿〟にコップの水をそそぐ。  ハルトは目を瞠りっぱなしで、しまいには眼球がぽろりといきかねない状態だった。よろけるのは床が傾いたせいだと思いきや、自分自身が揺れているのだ。 「雨あがりのキュウリ農園っぽい……」  へなへなと、しゃがんだ。そう、水を浴びた〝皿〟は雨粒がきらめくキュウリの葉のように生き生きとして、作り物じみたところはまったくない。  上半身はヒト、下半身は魚そのもの、という水妖族が湖底でまったりと暮らしているくらいだから、(おか)に進出した別の生き物が都で隆盛をきわめてもおかしくない。  だが衝撃の事実に打ちのめされて、立ちあがることはおろか、呼吸(いき)をするのさえ苦しい。我こそは許婚であるとうそぶいて、おれの運命が激変するきっかけを作ってくれた男性(ひと)が河童の子孫。  河童……河童と夫夫(めおと)の契りを結ぶだって?  ハルトは思った。日常の何気ないあれこれを書き留めた、ふたりの備忘録は厚みを増しつつある。これから将来(さき)、一緒に育てたキュウリの収穫祭だとか、お互いの誕生日を祝ったりだとか、折々の出来事を綴っていくのを密かに楽しみにしていた。  チュウするのだって今では自然なことで、だからといって新鮮味が薄れるどころか回数を重ねるごとに、新たなときめきを発見する。 〝鳥かご〟に、にじり寄った。おどろおどろしい印象を与えるよう殊更に影をつけた絵を改めてじっくり見て、うなだれた。仮に河童の一家が故郷の村に引っ越してきた場合、はなから親しく近所づきあいができるか、といえば無理かもしれない。  イスキアとだって、現時点では……。  十秒足らずの間にぐるぐると考えまくって──エレノアが沈黙を守っていたのは何とかおっしゃいと詰め寄るには時間的に厳しかったからだ──限界を超えた。  う~ん、とひと声呻いて仰向けに引っくり返った。

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