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第112話
「なあ、ハルト。さっきから知らんぷりで、仮にも将来の亭主に対して冷たすぎないか」
またもや、もこもこが背中にかぶさってきたのを裏拳で撃退しておいて、イスキアをじっと見つめた。
やつれているときでさえ仏頂面が健在なさまに微苦笑を誘われ、ところが〝皿〟から雫がしたたり落ちるとパッと横を向いてしまう。
見慣れちゃえば平気、平気、特訓。そう自己暗示をかけながら顎に手を添えてグギギと正面を向いても、手を離したとたんバネ仕掛けのように仰のいてしまう。
〝皿〟を見ると目が穢 れると言わんばかりに。
ハルトは、しょぼんとうつむいた。今みたいな反応を示すことが度重なれば、わたしは忌み嫌われている、とイスキアに誤解を与えて傷つけるのは必至。
では選択肢はひとつしかない。
つらいけど……。呟くと黒い瞳が翳る。だが現時点ではイスキアのそばにいるのがつらいのも、また正直な気持ちだ。
「なぜ……かように哀しげな……表情 をする。わたしのことなら心……心配いらぬ。じ、き……回復する」
「あらら、お熱い雰囲気だ。エレノア嬢、僕らはすっかり損な役回りで、ひとまず勝ちを譲ったほうが得策みたいですよ」
ジリアンが大げさに肩をすくめてみせると、
「戦略的撤退というやつですわね。負けを認めたわけではありませんことよ。仕切り直しですわ」
エレノアは靴音も高らかに部屋を出ていく。
「お集りの皆々さまがた〈従兄殿をコテンパンにやっつけるの巻〉は、これにて閉幕」
ジリアンは緞帳を下ろす真似を交えて、恭 しげに一礼した。〝鳥かご〟のそばに転がっていた髪飾り風の帽子を放ってよこすと、本物の羊を家畜小屋へ追い立てるようにユキマサを引きずって後につづく。
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