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溺愛道の教え、その10 想い人にドン! とぶつかるを是とせよ

    溺愛道の教え、その10 想い人にドン! とぶつかるを是とせよ  口笛の()が草原に響き渡った。ポンチョをはためかせてススキの群生を跳び越えるハルトを、ブチ模様の牧羊犬が追う。  赤トンボが飛び交う空のもと、放牧地に散らばって草を食んでいた羊たちが一斉に尻尾をふるふるさせた。もういちど口笛を吹いて号令をかけると、ぞろぞろと集まってくる。 「一、二、三……九百九十七、九百九十八」  通称・羊村。遊牧民が居着いたのが始まりのこの村では、村民の数百倍もの羊が飼われている。ハルトが日の出とともに放牧地へつれてきて、夕暮れ時に村につれて帰る群れの総数は千。残りの二頭は、どこだ? 「ゼンジロー、またおまえか」  万年発情期といった若い雄と、彼がご執心の雌が雲隠れしたと思ったら、案の定だ。シロツメグサにふんわりと覆われた窪地で、例によって例のごとくにおよぼうとしている。  ハルトがゼンジローの耳を軽く引っぱり、ブチ犬が鋭く吠えると、しぶしぶといった(てい)で離れた。 「まったく、おまえときたらサカリがつきっぱなしで困ったものだね。コンゼンコーショーになだれ込む度胸もなかった、どこかのとは大違い……」    小島にまつわる記憶は封印したつもりでも、時として破られる。はみ出した記憶の断片を踏みつぶすように、シロツメグサを蹴散らした。  隊列を組んで翔る渡り鳥の群れは銅色(あかがねいろ)に、丘は橙色(だいだいいろ)に染まりはじめるなか、羊たちを口笛で誘導して家路をたどる。ブチ犬がしんがりを務め、メエメエ、ワンワンとにぎやかだ。  帰郷したのち季節は移ろい、豊穣の秋を迎えた。都からの旅路は冒険の連続──には程遠かった。  親切な行商人や農夫や船頭が、荷馬車なり川を下る船なりに乗せてくれたおかげで、サンダルの底がすり減らないうちに生家の戸口をくぐって、羊のシチューに舌鼓を打っていたほどだ。  ただ、しょぼくれて見えたのだろう。元気を出しな、と蒸かした芋や干し肉を分けてくれて、お返しに荷下ろしなどを手伝うと、お駄賃までくれた。ちなみに村の子どもたちにせがまれて道中の出来事を話して聞かせると、思いきりけなされた。  ──山賊に捕まって、やっつけて、旅人から巻きあげた金子(きんす)を奪い返して、背高のっぽの塔に閉じ込められたお姫さまを助けだすんじゃなきゃ、つまんない。    ぎゃふん、という感じだ。

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