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第118話
着陸すると、もしかするとのジリアンが爽やかな笑顔を向けてきた。
「やあ、久しぶり。相変わらず可愛いね、でも草原風の恰好はイマイチ冴えないなあ」
「遠路はるばる、おれをまた誘拐しにきた……なんてことはないよね?」
「おやおや、僕の予想では『ジリアンさあん会いたかったあ!』と、にこにこ抱きついてきて歓迎の接吻だったのに信用がないなあ」
「信用できないから! 欠けらも、ちびっとも、これっぽちも!」
糞がこびりついた火ばさみを突きつけると、降参、と言いたげに両手を挙げて返す。
「国内一周スケッチ旅行の途中で寄ったのさ。いやあ、聞きしに勝るド田舎だね」
風向きの加減で羊の匂いが濃厚に漂ってくる。わざとらしくハンカチーフで鼻を覆ってみせるジリアンは、綾織の上着に共布のニッカポッカを組み合わせ、蝶ネクタイを締めて、享楽的な探検家といった風情だ。
おっと、忘れちゃいけない、小型版の鳥打帽をくすんだ色合いの金髪に留めつけている。
「その節は僕もいささか悪乗りがすぎたと反省しているのだよ。時に、何か飲む物はあるかい」
「ございますよ、ド田舎ならではの、栄養満点のやつが」
ハルトは努めてにこやかに応じると、羊の乳で煮出した紅茶を水筒からコップについだ。そのコップを手渡すと見せかけておいて、自分で飲み干す。
〝鳥かご〟に閉じ込められたさい同じことをやられた。後ればせながら、ささやかな仕返しというわけだ。
「ハルちゃん、きみ、意地が悪くなったね」
「陰謀を企てるのが大好きなどなたかの影響ですよ、影響」
さらりといなして今度は水筒ごと差し出す。そして、ハコベがそよぐなかに胡坐 をかいた。ジリアンは地面にハンカチーフを敷いたうえで倣った。
とはいえハルトとしては空から災難が降ってきたに等しく、とっとと失せやがれ、と〝皿〟をこづきたい気分だ。
何しろ過去のいきさつが、いきさつだ。今回もスケッチ旅行云々にかこつけて、ひと騒動を起こすのが目的の来訪なのでは──疑いがぬぐい切れない。その一方で、イスキアがどうしているか聞けるかもしれない、と欲が出る。
拾い集めてきた羊の糞をいくつか並べてジリアン除けの結界を張ると、そこにゼンジローがテケテケとやって来た。勇敢にふるまって雌羊たちを悩殺しハレムを築くのだ、とでも言いたげに。
お嬢さんがた、この珍無類にな鳥(?)は、おいらが退治してやりますからね。そう宣言するように、籠めがけて頭突きをかました。
乙女組の羊たちが一斉にメエメエと褒めたたえ、
「牧歌的で、芸術家魂を刺激してくれる光景だなあ」
ジリアンが画帳に鉛筆を走らせはじめた。
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