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第119話

 おあずけを食った形だ。ハルトはそわそわとポンチョの房飾りをよじりながら、じりじりとハコベをむしりながら、芸術家魂なるものに満足がいくのを待った。  ゆるゆると雲が流れるもとで草原全体が軽やかにうねって、だんだら模様を描く。画帳がたたまれて、それから、たっぷり百まで数えたうえで世間話めかして切り出した。 「ユキマサはあれっきり都に居着いちゃったけど、元気にしてるのかな」 「幼なじみくんときたら順応性が高いやら、隠れた才能が花開いたやら。今や売れっ子の道化師の仲間入りで、あちらこちらの屋敷から引っぱりだこだよ」 「へえ、人生の分岐点ってのは、どこに転がってるのかわからないね。エレノアさんは相変わらず綺麗で高慢……」  ……を咳払いでごまかしたあたり、純朴男子のハルトといえども本音と建前の使い分けを多少なりとも学んだといえる。 「そりゃあ、もちろん社交界の花だからね。取り巻き連中にチヤホヤされてるのさ」    ではイスキア獲得大作戦の第二段が繰り広げられる可能性は、さしあたって低いのだ。ひとまずホッとした反面、引きちぎったハコベが山を成すありさまでは、本当に訊きたいことは他にある、と白状しているも同然だ。  現に、ハルトの胸中など素通しのガラス並みにスケスケと言わんばかりだ。企みを秘めて暗緑色の瞳がきらめく。そしてジリアンは、殊更への字にひん曲げた口をつついてきて曰く。 「従兄殿の近況に興味はないのかな? あるよねえええええええ?」 「べっ、別にどうでもいいもん!」  ハルトはぴょんと立ちあがるなり、踏み分け道を駆け下りた。ところが皿が……と聞こえよがしな独り言に呪縛される。  ぎくしゃくと振り向くのを見計らって、おいで、おいでと招き寄せられると、投げ縄をたぐられたかのごとく引き返してしまう。 「皿って羊の丸焼きとかを盛りつけるほう、それとも……頭のあれのほう? イスキアのやつに何か悪いことがあった……とか?」 「な・い・し・ょ。気になるなら自分で確かめに行っておいで。ついでに婚約解消を撤回して、許婚に返り咲いたお祝いに合体におよんで、ほおら、一件落着、大団円だ」 「……を阻止しようと目論んで、引っかき回してくれたくせして」  じろりと睨み返すと、 「前科者呼ばわりされて悲しいな。僕は常にはるちゃんの味方だというのに根本的な誤解があるみたいだね」  悪びれた色もなく紅茶を飲む。

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