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第120話
ハルトは土くれを握りつぶして堪えた。手づかみで鰻を捕まえるようなものだ。こちらがムキになればなるほど、のらりくらりとはぐらかすのがジリアンのやり口だ。
だからといって、こちらをからかいたい一心で話しだすのを待っていたら日が暮れる。
かくなるうえは小型版の鳥打帽を奪い取って取引材料にしてやる。なので、かっさらいしだい羊の糞をなすりつけるふうを装うべく隙を窺っていると、
「変わった乗り物が飛んできたってな」
「風船のでっかいの、ほら、あそこ」
村人の一団が、ぞろぞろと丘を登ってきた。とんだ邪魔が入った、と言いたげにジリアンは舌打ちすると、一転してにこやかに告げた。
「お土産が都寄りの方角に転がっているはずだから捜しにいってごらん」
ふくれっ面に微笑みかけて、さらりと継ぐ。
「『速度をあげよ、ええい操縦を代わるのだ』なんて調子で鬱陶しくて、つい蹴り落とした嵩張るお土産さ。今ごろハルちゃんに会いたいよお、とピイピイ泣いているだろうなあ」
「お土産って、もしかして……」
「さあね、もしかしてかもしれないね」
疾風 の勢いで駆け去っていく後ろ姿を、ジリアンはハンカチーフをひらひらと振って見送った。聡い僕にかかれば相思相愛の仲なのは丸わかりで、にもかかわらず、くだらない意地を張って元の鞘に収まるのを我慢し合って、ふたりとも世話が焼けるったらありゃしない。
もっとも、このジリアン・マグレーンさまが策を弄したのが一因であるのだが。罪滅ぼし、いいや、従兄殿に恩を売っておけば損はないと計算してのこと。ひと肌脱いだからには倍にして返してもらう。
ともあれジリアンは優雅な身のこなしで、遠巻きに熱気球を眺める村人たちの前に進み出た。彼の観点に立つと、
「ははあん、洗練された美男子──つまり僕の魅力にイチコロだね、田舎人のきみたち」。
実際のところは、あのキテレツな帽子をかぶったスカしたにいちゃんはどこの馬の骨だ、と胡散臭がられているのだが。
そうとは露知らず恭 しげに一礼してみせると、興行師よろしく歌いあげた。
「紳士、淑女の皆々さまがた、これなる乗り物は鳥より高く飛び、鳥より速く飛ぶ熱気球でござい。先着一名に限り、僕のエスコートで遊覧飛行へご招待いたしましょう」
お目当ては黒髪のたおやかな美少女、と下心があるなんてものじゃない。
公平を期して全員であみだくじを引くという案が採用された結果(ジリアンは蚊帳 の外で)、筋肉もりもりの巨漢が籠に乗り込んだのは天の配剤に違いないのは、さておいて。
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